独り言 その九百三十五

 大きいだけの鈴蘭です。

 いつの間にか。
 アークスの日常生活をサポートしてくれる管理官の顔ぶれに、変化が起きていました。



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  …あんた誰や…(´・ω・`)



 次元の壁を超え、萌e…2次元化したことで人気を獲得したes管理官セラフィさん。
 彼女が、いつの間にかカウンターを新人に譲り渡して、姿を消してしまっています。

 普段、懇意にしているわけでもない鈴蘭ですが…。
 収まるべきところに収まっていないと、なにか不安になってくるのは…私の小心さ故でしょうか?;

  こんな事なら、もう少し話もしておくんだったな…(´・ω・`)

 三次元のセラフィに会えるのは、もはやココだけだった事を今更ながらに思い出し。
 カウンターに陣取った新人を前に、遅きに過ぎる後悔をしていたのですが。

  …おった(´・ω・`)

 セラフィはロビーを去ったわけではありませんでした。



 …ありませんでした…が……。



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                            (C)SEGA

 なんか…二人の距離が、えらく微妙にも見えるんですが、これは…。



  …な、なんかあった(・ω・;三;・ω・)!?



■考えすぎ?

 先日から、新コンテンツとして『アークスリーグ』なるものが開催されています。

 皆さんは、参加されておられるでしょうか…?

 鈴蘭的には、参加するもしないも個人の判断で…という自由参加形式は、今のアークスのライフスタイルを見ると、悪くない判断かな…とも思えるのですが…。

 その一方で、アークスにとってのコンテンツの存在意義が、『遊び』や『楽しみ』ではなく。
 SG獲得のための割のいい『仕事』や『作業』になってしまっているように見受けられます。

 『遊び』

 …それを思えば、『アークスリーグ』の現状を残念にも感じるのですね。

 ただ、これはアークスのライフスタイルに拠る問題ではなく。
 この『アークスリーグ』の持つ、構造的な問題であろうと思う鈴蘭です。



 …この辺は、よくお話してくださるフレさんも同じく考えておられたようなのですけど…。



 たとえゲーム自体が単純であっても、古来から人の間で変わらず愛され続けているのは、それぞれの定める『目標』に向かう中で遣り甲斐を感じ、ゲームを通して自身が何かしら『目標』に向けて前進するのを実感できるからこそ、だと思います。

 そう…それだからこそ、人は自ら進んで様々な試行錯誤を重ねて『目標』を目指し。
 ただ単純であるだけのゲームを、奥深いものへと昇華させ得たのではないでしょうか?

 これは、ゲームを楽しむ自身が成長することで面白くなる…ということであって。
 ゲームが進化してこそ面白くなる…という訳ではないのですね。

 遣り甲斐を感じることのできる『目標』をユーザーのそれぞれに持ってもらわねば、ゲームというものは長続きしません。
 これは、どれだけ時代が進み、どれだけ技術が発達しようとも、ゲームを人が遊ぶ以上は変わることがないと思います。

 使われている技術が優れていれば、面白いものになる。

 …もし、そうであるなら…大昔に生まれたゲームなど、今に何も残っていない筈なのですから。



― ◆ ―




 …フレさんのお言葉を借りると、PSO2のコンテンツで例えれば、チャレンジクエストが分かりやすいのかもしれません。

 より先に進むためには、自分はどうしたら良いのか。
 より良い成績を収めるためには、自分はどうしたら良いのか。

 そこには、自分自身の中にあるものから、何を選びとって形にするべきか…そうした自己との対話に繋がっていく思考が存在します。

 自身の形というものは、思っているほどは自分自身で知らないもの。
 課題を前に、改めて自分と向き合うことで、知らなかった自分自身が見えてくるかもしれません。

 昨日できなかった自分が、今日はできた。
 今日できた自分は、明日にはもっとできるようになるかもしれない。

 チャレンジには、既にテンプレートやセオリーというべきものが存在していますが。
 それらを、ただ知っただけでは意味がありません。
 知ったからといって、それらが自分に代わって敵と戦ってくれるわけではないのですから。

 それらを、自身が自身の中にどう取り込んで、どう伸ばしていくか。
 自分でどうするのかを考え、実行する。
 …それが一つの『楽しみ』だと思うのですね。

 しかし、アークスリーグの場合…そうした試行錯誤の方向性が、金策のための作業の効率化…という一点に集中してしまいかねないのです。
 金策であれ、作業であれ、ゲームの本道としての自己究明のために必要となるプロセスであれば、何も問題はないのですが。
 残念ながらアークスリーグの現在の仕様では…ともすれば、自己に問い掛けるものが無くとも、結果を得られてしまいます。
 極端な話…最上の結果を求めていけば、参加者全員が同率一位になることも出来てしまうのですね。
 それは、ゲームとしての遊び…というものからは、大きく外れてしまっているのではないか…と、思う鈴蘭です。

 『絶対に負けないゲーム』を遊ぶとして。

 負けて失うことはないかもしれませんが。
 勝って得るものもないのではないでしょうか?
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