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独り言 その九百二十

 大きいだけの鈴蘭です。

 週末。
 アークス業に一息ついたところで、塩バターパンが無性に欲しくなりました。
 …とは言え、欲しくなった時ほど手元にモノが無いのが世の常です。
 食パンはあったものの、肝心の塩バターパンがありません。

  むぅ…それだけ買いに行くのも面倒やな…(´・ω・`)

 しかし、よくよく考えてみれば、他にも買い置きしておきたいものがあった事を思い出しました。
 …『ついで』が、そのどちらであるのかは…私にも分かりませんが…。

 夜が明けて間もなく。
 鈴蘭は棲家を這い出しました。

 22日は今年の大暑…一二十四気では年で最も暑いとされる日です。
 しかし、時間が時間だけあってか、空気はヒンヤリとしていて気持ちがいいくらい。
 これなら今日は、それほど暑くはならないのかもしれません。

 …とは言え油断は禁物。
 ここ数日の暑さは厳しく、日中は大阪でも温度計が40℃を指すような有様です。
 脱水症状や熱中症の対策は、疎かに出来ません。

 こんな時は、何かと頼りになるスマホ様で天気予報の確認をば。
 こんな事もあろうかと、アプリを追加しておいたのです。

 …早速起動…。



(´・ω・)
( つ■と)

スマホ様 『外に出て天気を楽しみましょう!!』




(´・ω・`)
( つ■と)

うむ…この時期、涼しいと散歩も楽しいしの




(´・ω・)
( つ■と)

スマホ様 『大阪府は土砂降りの雨です!』




〒 〒
(´・ω・`)
( つ■と)




 雨に歌えば、とは言いますが…風情云々と曰う流石の私も『土砂降り』とあっては歌ってもいられません;
 このアプリのコメントには、『え? これってギャグか何か?』と、笑うより前に真剣に考え込んでしまいました。

 …ただ、これは今回ばかりの話ではなく、以前にも頓珍漢なコメントがついていたりしたんですよね。
 もしかして、日本のアプリじゃないんでしょうかね…この天気予報。
 どこか日本語的に違和感を覚える内容だったりしますし;



 …そういえば最近、変な日本語と言えば。



 私のPCはGoogle変換を使っているのですが…。
 PSO2でのチャットで、誤変換が最近増えたようにも思うんですね。
 単語の選出の優先順位がおかしいのか…文節の区切り方がおかしいのか…或いは、その両方でしょうか?
 1つの文章を打ち切ってから変換すると、大抵は意味の分からない文章に変換されてしまいます。

 最近、鈴蘭が特に困っている誤変換は…敬称の『さん』の変換でしょうか。

 何故か『○○さん』と打って名前と一緒に変換すると、『○○差ん』と変換されてしまうんですよね…。

  …私だけ(´・ω・`)?

 PCだけではなく、Androidでの変換履歴を世界規模で収集して、それを元に自己学習しているのでしょうから、誰が変換しても同じような有様になるんじゃないかと思うのですが…。
 それとも、変換に際してPSO2を介している…とかで結果が変わったりしてるんでしょうか?

 …この辺は、素人には分かりかねる問題ですね;



 こうした誤変換は、気心の知れた間柄であれば、意思疎通に大きな問題にはならないのかもしれません。
 アークスでは『誤字誤用もネタの内』…とも言いますから。

 …ただ、だからと言って。
 ネタはネタとしても、それらに無頓着であってはならないと思う鈴蘭です。

 …結局のところ。

 裏付ける知性の無い言葉では、どれだけ大きい声で耳に届けようとも、相手の心にまで響きはしないでしょう。
 そんな事では、後々になっても思い起こせるような、相手に深く印象付ける…『思い出』となることも叶わないように思いますから。



 文字を使うのは良い事です。
 ですが。
 その文字を無闇に振り回すのは、危ういと思うのですね。



■考えすぎ?

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                        (C)SEGA

 アークスの駆ける今年のビーチ…皆さんは、楽しんでおいででしょうか?



 私の周辺から聞こえてくる評判は、仕様の上では今回のビーチは失敗だったのではないか…というものが多いように思います。
 曰く…『テンポが悪い』『目玉不在』と。
 それらの言葉は、まさしく私の頭に浮かんだものでもあります。

 …ただ、私個人に関して言えば。
 基本的に、在るものを在るがままに受け入れる質なもので…。
 今のビーチに、明確な不満らしい不満は持っていないのですね。

 出されたものに、『これはこうしたものなのだ』と納得している…と言えば分かって頂けるでしょうか?

 それが明らかな理不尽であったのなら、私も不満を持ったことでしょうが…。
 マルチにどんな人が集まるのか。
 それを見るのを一つの楽しみとしている私としては、不満の多いと言われているビーチであれ、結構楽しい場所だったりするのです。
 そうした不満の多いビーチだからこそ、集まる人の『何か』が際立つのではないか…と。



 例えばの話…。
 自分が一つの器を手にしたとして。

 この形が気に入らない。
 この色が気に入らない。
 この手触りが気に入らない。
 この重さが気に入らない。
 この大きさが気に入らない。

 他がどれだけ気に入らなくとも、どれか一つだけでも満足していれば、人は満足できるものでしょうか?
 むしろ…どれか一つでも不満があれば、たとえ他がどれだけ優れていようとも、人は不満を覚えるものです。
 …しかし。
 手にした器は、自身が不満に思ったところで形が変わったりはしません。

 器は、器として形を与えられたのであって。
 自身のために形を与えられた訳ではないのですから。

 不満に思うところは、いつまで経っても不満に思うところのまま…変わったりはしません。

 ならば。
 
 その器はそのままに。
 不満…それを覚える、自身の心。
 器を手にして起こる、自身の心の変化の様。
 …そんな、器と向き合う自身の中に、目を向けてみてはどうでしょうか?

 器そのものではなく。
 器とともにある自身の時間。
 それこそが、自身にとっての大事なのだ…と。
 
 
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コメント

  • 2016/07/25 (Mon)
    21:56

    記事とあんまり関係ないんですが、先日やっと塩バターパンを買いました~。
    ・・・チーズ味のしかなかったんでソッチを・・・。
    それで、お聞きしたいんですが、アレはあっためて食べておられるのでしょうか?それともそのまま?
    少し気になったものでw

    黒羊 #- | URL | 編集

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