独り言 その九百十九

 大きいだけの鈴蘭です。

 先日、ちょっとした事で知り合うことになったフレさん。
 朝の時間にも、ちょくちょくアークスシップにおいでになられていた事もあって、お話などを伺う機会もあったのですが…。
 実は絵を描くお仕事をされているようで。
 お話の中で、

  『鈴蘭の絵を描いてみたい』

 …そう仰って頂けました。



  マジか…ありがたい話やで…(´;ω;`)



 そんなお話があったのが、少し前の事になりますが。
 今日、その絵が出来たという事で…出勤前に、喜び勇んで受け取りに伺った鈴蘭です。



「鈴蘭ちゃんへ」



 …こういう絵は良いですね、温かみがあって。

 私は手遊びに落描きをしますが、私の描く絵というと…この表現で分かっていただけるものか、自信がありませんが…目に見える『線』を、ただの『棒』としてしか描いていないのですよね。

 形が似れば、それで良い。
 それ以上でも、それ以下でもない。
 
 そんな、私の無機的な意識が見えるようです。

 現実に存在する形が、ただ一つしかないと思えば。
 見たままを、ただ忠実に描くのが『正解』でしょう。
 …でも、それならば…私が描くこともないのです。
 その考え方では、誰がどのように描こうとも、結局は同じものにしかならないのですから。

 自分が見たものを形にするのではなく。
 自分が感じたものを形にする。

 それが、心を持つ人の描く絵…というものではないでしょうか?

 この方の感ずるところが形になったかのような。
 そんな絵は、私には有り難くも…勿体無いとも思い、恐縮するばかりなのですが;
 …ともあれ、この場にて改めて御礼申し上げたく思います。



 私に素敵な形を与えて下さり、ありがとうですよ(´・ω・`)



■考えすぎ?

 股夫 こふ

 今から二千年以上前の中国において、とある青年につけられていたというアダ名です。

 この青年は生まれが貧しい上に、お世辞にも品行も良いとは言えず。
 家格と品格が重要視された時代にあっては、まともな仕事に就くことも叶いませんでした。

 青年は日々の糊口を凌ぐために、他人の家に上がり込んでは居候を決め込み、食事に預かるという…所謂、『遊侠』と呼ばれる類の生活を送っていたそうです。

 そんな青年を町の人達は軽蔑しており。
 ある時、一人の少年が青年に向かって『いつも大きな剣を下げているが、どうせ格好だけに違いない。勇気があるのなら、俺を刺し殺してみろ。臆病にも出来ないというなら、俺の股を潜れ』と、挑発したそうです。

 青年は少年を前に少し考え。
 黙って少年の股を潜りました。

 その様を見た町の人達は、青年を『股夫(股くぐり野郎)』と指をさして馬鹿にしたそうです。

 この話は人の噂となって瞬く間に広まり。
 青年は、有力者の下に職を求めて訪ねて行っても、『ああ、あの股夫のお前か…』と馬鹿にされ、まともに相手にされませんでした。

 この汚名のために随分と不遇を囲ったそうで、あちこちで職を転々とする生活が続きましたが…。

 ある日、蕭何(しょうか)という人物と出会い、彼と話す中で『この青年は噂に聞くような人物ではない』と、その才覚を認められます。
 そして、青年は蕭何の同僚として働くことになったのです。

 しかし…周囲の評価は簡単には変わりませんでした。

 青年は、これまでと同じく簡単な下働きしかさせて貰えなかったのです。
 これを気に病んだ蕭何は、上司に掛け合って青年の待遇を改善するように求めますが、一向に認められません。
 そんな職場での扱いに失望した青年は、仕事を辞めて出奔してしまいます。

 青年が出奔したことを知った蕭何は慌てて引き止め、『この機会に待遇が変わらないようなら、私も仕事を辞める』とまで言って説得しました。

 そこまで言う蕭何に、彼らの上司は『君は何故そこまで言えるのか?』と疑問を持ちました。

 これに対して、蕭何は『他の人材であれば代わりはいくらでも居るが、この青年の代わりは居ない』と言い切り、噂に惑わされず、青年の才能に見合う地位を与えるように訴えたのです。

 その言葉に青年への認識を改めた上司は、蕭何の訴えを認め。
 ただの雑用係だった青年に、軍の最高司令官を任せました。



 その青年は、名を韓信と言い。
 後に『秦』に代わって中国を治めることになる大帝国『漢』の建国に大きく貢献した武将として、後世に名を残しています。



 かつて少年に侮辱された韓信でしたが。
 その時、少年を前にして思ったのだそうです。



 自分には一生を賭けたいと思う志がある。
 ここで少年を殺すことは出来るが、そうすれば人殺しとしての罪を背負っていかねばならなくなる。
 そうなってしまえば、志を遂げることは到底出来ないだろう。

 侮辱を受けたことは腹立たしいが、志を捨てねばならなくなる事を思えば、一時の恥など我慢出来る。

 大事にすべきは一生なのか、一時なのか。



 彼の逸話は『韓信の股くぐり』として今に伝わり。

 堪忍のなる堪忍は誰もする
 ならぬ堪忍するが堪忍

 …そんな言葉を生みました。

 許すことが出来ることを許すのは、寛容とは言わず。
 許し難いことを許すことをこそ、寛容と言うのだ…と。

 『股夫』

 私たちは、そう呼ばれる人間でしょうか?
 それとも、そう呼ぶ人間なのでしょうか?



■コメントのお返事
 …また後ほど。
>ナノさん
 コメントありがとうございます。

 3D酔いされてましたか…;
 酔いは、自律神経失調状態を指し、空腹や睡眠不足などによる体調の不調が遠因になるとも言われているとか。
 体質的なものもあるかもしれませんが…くれぐれもご自愛を(´・ω・`)

 私は食に関しての興味が薄く…贅沢することもありません。
 人様と比べれば、もともと粗食も粗食なので、切り詰めるとしても高が知れているのですけどね;

 …まぁ、体を壊しては元も子もありません。
 無理のない範囲で節約することにします;

 ピエトロの愛は何処に向かっているのか…あのビーチで不安になりましたよ;
 彼が全力で駆けて行く先に待つものは、果たして…?

 …なんか、徒花が咲いてそうな気がするよ、私は(´・ω・`)



>うにゃさん
 コメントありがとうございます。

 おお…うにゃさん、丁度良いところに(´・ω・`)
 ここにスタイリッシュな鍋があってだな(´・ω・`)
 良ければ出汁…って、まだ入ってもいないではないか!!! 三((((ノ・ω・)ノ
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