独り言 その九百十

 大きいだけの鈴蘭です。

pso20160707_223046_002.jpg
           (C)SEGA

 今日は七夕でした。

 今夜は晴れ渡り、夜空が綺麗なものですが…。
 生憎と視力がすっかり落ちてしまった私の目では、星を満足に見ることが出来ません。

 いつの間にか…私の目には、すっかり寂しい夜空になってしまいました。

 あるはずのものを、見ることが叶わない。

 …いえ。
 今に始まった事でもありませんでしたね、私のこれは…;



 今日はソユーズの打ち上げがありました。
 大西卓哉さんが乗ったソユーズはカザフスタンから無事に打ち上げられ、国際宇宙ステーションを目指しています。
 知らなかったんですけど…国際宇宙ステーションに到着するまでに、結構時間がかかるものなんですね。
 てっきり、数時間ほどで到着するのだとばかり思っていたんですが、今回はランデブーまでに2日ほどかかるそうです。

 国際宇宙ステーションの高度は400km。
 時速約27,700km…地球を90分で一周するスピードで周回しています。
 たった2日でそこまで上がって、追いついて…思えば、とんでもないことですよね…;

 大西さんは、4ヶ月間の滞在中にがんの治療薬の研究、哺乳類を使った老化現象の研究などをされるそうです。

 見果てぬ夢…ですね、どれもこれも。

 此処では目にすることが叶わない。
 此処では手にすることが叶わない。

 ならば…と。

 天上の二人も、そう思って今日という日を迎えているのでしょうか?



■考えすぎ?

 …さて。
 少し思うところがあって、独り言を。

 と言っても…今更と言えば、今更のことかもしれませんが;



 以心伝心 「伝灯録」

 日常でも、比較的よく耳にする言葉ではないでしょうか。
 この言葉は、元は仏教用語で…「仏滅後、法迦葉に付し、心を以て心に伝う」という部分をとって、『以心伝心』という言葉が生まれました。



 ある時。
 お釈迦様が弟子たちを前に、蓮の花を手にして見せて、何も言わずに立っていました。
 弟子たちは、お釈迦様から何かお話があるのではないか…と、耳を欹てていたのですが…。
 お釈迦様は、黙ったまま一向に口を開きません。
 そんなお釈迦様を見て、一人の高弟が意を悟ったように微笑むと。
 『私の教えには、仏教の基本となる種々の大事な教えがあるが、その多くは言葉にして言い表すのが難しい』と仰り。
 微笑んだ高弟、迦葉を指して『その部分については迦葉に伝えたことにする』…と。



 言葉にせずとも、お互いの大事を理解し合う。

 この以心伝心の逸話は、日本では古くから禅宗の題目として扱われていたこともあり、広く一般に浸透するようになったそうです。

 古来から日本では、言葉にして直截的に自身の感情や考えを表に出す行為は、相手に無遠慮に自身の主張を押し付ける行為と見られ、避けられる傾向にありました。

 相手の事を考え、言葉にしない部分で大事なことを察しなさい。

 それが日本での美徳。
 日本の以心伝心です。

 …もっとも…。
 
 国際化が進む現代においては、異文化交流の機会が増え。
 日本の以心伝心は、必ずしも美徳とは言えなくなりました。

 お互いが同じ価値観を持っていなければ、お互いが相手を察するという関係は成り立たず。
 海外の人から見た日本人は、往々にして『自己主張をしない閉鎖的な文化を持つ』と言われてきたのです。

 ソレはある意味、仕方のないこととも思うのですが。
 しかし一方で、こうした日本人の美徳が活かされる場所があるのではないか…とも思う鈴蘭です。



 そう…この仮想でこそ、と。



 現実に生きる私たちは、生まれた時から様々な柵の中に在ります。
 人種、性別、国籍、血筋…。
 それらに加え、成長するにつれて、思想、宗教、学歴、職業、貧富…種々の柵が、社会の中での私たちを位置付けます。
 その中に在っては。
 生涯、目線の合うことのない人…というのは、決して少なくはないでしょう。

 『何か』として生まれた以上は、その『何か』から変わるのは容易ではありません。
 或いは、柵を捨て去れば、別の何かに変われるのかもしれませんが…。

 …ただ、それは難しいでしょう。

 柵は、私たちをその場所に縛るものではありますが。
 同時に、私たちをその場所で守るものでもあるのですから。

 そんな、自分の居場所を捨てる。

 …それは大変に勇気の要ることです。



 自分を自分以外の何かに変える。
 夢には見ても、現実には難しい選択。

 …でも、それを簡単にできるとしたら?
 今の自分は自分のまま、なりたい自分に変われるとしたら?

 …それこそが、この仮想というものではないでしょうか?



 この仮想では、現実の柵からは無縁でいられます。
 柵のために現実では難しいことも、仮想ならば簡単に出来てしまいます。
 自分が望めば、何処までも先へと進めてしまいます。

 …それが楽しいからこそ、人は仮想に様々なものを求めてやってくるのだと思います。

 それは。
 自分がそうであるように。
 相手もそうであるのです。



 そして、ここで少し…考えてみて欲しいのですね。

 この仮想での以心伝心について、を…。



スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する