独り言 その六百九十三

 大きいだけの鈴蘭です。

 明日からの一週間ほど、仕事の方が立て込むことになり。
 常は金土の2日間のお休みを頂けるのですが…。

 今週は金曜日の一日だけとなりました(´・ω・`)ショボーン

 アークス業は一日減ることになりますが。
 その分をこちらで…とも考えています。

 …いえ、だからと言って特別ナニかする訳じゃないですが(´・ω・`)



 鈴蘭にとっての『PSO2』とは。
 シップの中に限らない…こうした日常の形なのですから。



■考えすぎ?

 あなたは、時間を使う人でしょうか。
 あなたは、時間を過ごす人でしょうか。

 ふと、そんなことを思いました。

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             (C)SEGA

 …どちらも同じに聞こえるでしょうか?

 確かに、そうかもしれません。
 ただ、私の中では、少し違うニュアンスがあるようにも感じるのです。



 時間を『使う』という以上は、そこには自分自身の目的がある筈です。

 目的達成のために必要な時間。
 自身の行動が定められた時間。

 そこに至るためにこそ、使うべきもの。

 …そんな意識があるためでしょうか。
 結果が不首尾に終わった時間を、『無駄にした』と評する言葉があるのは…。



 その一方で。
 時間を『過ごす』というのなら。
 そこには、『時間の経過』そのものを目的とする向きがあるように思います。

 自分自身の都合に拠らず、自然に流れる時間の中から、自分の好もしい何かを拾い上げる。

 …これは、拾い上げることが目的ではないように思います。
 何故なら、拾い上げたことで得られるのは『達成感』ではなく。
 拾い上げられる機会を得た…有り難いことに出会えたことへの、『喜び』でしょうから。

 それは…たとえ無為の時間であれ、変わらないようにも思います。



 時間を使うのか。
 時間を過ごすのか。

 どちらがより良いのか。
 それは、私には決められません。

 或いはこれは、私だけの感覚で。
 2つに違いなどないのかもしれませんから。

 各々、自分自身の中にこそ答えがあるもので。
 他の誰かが決めることではないのでしょうから。



 時間の流れは止まることがなく。
 誰にも等しく流れます。

 その流れる先が何処に向かうにせよ。
 流れの来し方があるからこそ、行く末があります。

 それは、他の誰のものでもない、自分だけの流れ。

 『無駄にした』と言う前に。
 過ごした時間をもう一度、振り返ってみてはどうでしょう?

 そこには、拾い上げるべき…良し悪しだけではない『何か』が、あるかもしれません。



 …何かが変わる度。
 そんな事を思う鈴蘭です。

 まとめようとしたけど、全然でした…(´;ω;`)スマヌ
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コメント

  • 2015/08/28 (Fri)
    15:46

    時間は、時折、残酷です。

    だから、人は一所懸命生きる。
    人生は有限だから楽しいのかもしれません。
    時間を過ごすのも使うのも、紙一重。
    その時間に自分がいるかいないかの違いです。

    病気を治すのに時間を惜しみません。
    障がいは、一生の付き合いです。
    人生は有限であれ。

    神村マサト #- | URL | 編集

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