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独り言 その六百八十二

 大きいだけの鈴蘭です。

 明日からお盆休み…という方も多いと思います。
 横丁でも、そんな話をチラホラと耳にしました。

 鈴蘭は東京遠征の夢が破れ。
 夢の残滓の3連休で、お盆を静かに過ごす予定です。

  アークス祭、行きたかったなぁ…(´・ω・`)

 …などという嘆息も漏れますが。
 連休を頂けるだけ有り難い話なんですよね;



 有明でのリアルのダンスを目にする事は叶いませんが。
 アークスシップでは、連日ライブが催されています。
 せめてコチラに参加して、祭を楽しんでいこう…と、思ったのですが…。

pso20150811_211025_002.jpg
             (C)SEGA

  (´・ω・`)…。
  (´・ω・`)…えっと。
  (´・ω・`)い、いちたろーぉッ!!?

 …ダンスの途中、壇上の参加者を押し退け、突然現れたモニュメント。
 ラッピーの下に一太郎氏が埋っていると思われ。
 彼の声だけが会場に響きます。

 聞けば、どうやら実装初日からある現象だそうで。
 初めて目の当たりにした鈴蘭には、一瞬何が起きたのか分かりませんでした…;



 今回、踊れなかったのは残念でしたが。

  …まぁ、これもいい思い出か…(´・ω・`)

 そう考えれば、得難い機会だったようにも思え。
 この奇妙な有様も、感慨深い光景に見えた鈴蘭です。 



■考えすぎ?

 【ギャンブラーの錯誤】

 心理学用語の一つだそうです。
 『代表性ヒューリスティック』の例として挙げられるものだとかで。
 門外漢の自分には、これだけでは『はぁ…そうなんですか(´・ω・`)?』と、言うしか無いのですが。

 例えば、コイントスで立て続けに5回ほど裏が続いたとして。
 『そろそろ表が出そうな気がする』という…誰しもが覚えの有りそうな予感を指す言葉なのだそうです。

 実際のところ。
 コインを投げて裏表を出すに、前後の結果は関係ありません。
 どちらが出るかは、常に50%の確率です。
 しかし…人は、それと分かっているはずなのに、次の結果に期待をかけるのです。

 これだけ続いたのだから、次こそは…と。

 この感覚は、このアークスシップに居る者なら、誰もが見聞きし。
 また、常に親しく身近に感じているように思います。



 …ただ、果たして。
 『次こそは』というその期待。
 その『次』という時間的な尺度を、私達は正しく捉えられているのでしょうか…?
 
 流行りの旬を逃しては意味がないのか。
 自身の楽しみの内になければ意味がないのか。

 似ているように思える両者ですが。
 時間の尺度の認識に差があれば、意味はまるで違うようにも思うのです。



 期待を込めて、投げ上げられたコインを凝視するばかりではなく。
 ここで敢えて一歩引いて。
 もう少し長い目で見て。
 いま楽しみがないことを、先の楽しみにする。
 …それもまた、楽しみの内ではないでしょうか?



 私達の感じるコレは。
 ギャンブラーなりのアークスの錯誤なのか。
 アークスなりのギャンブラーの錯誤なのか。
 その何れであるのか。

 …ふと、そんな事を考えた鈴蘭です。
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