独り言 その五百四十五

 大きいだけの鈴蘭です。

 この週末も、PSO2での時間を楽しんだように思います。
 …しかしながら、真に有意義に出来たか…これには甚だ自信を持てない鈴蘭です。

 思い返せば、あれをしていない、これが出来ていない、こうすればよかった、あれはおかしかった…。
 いつもいつも、そんな事で一杯です。

 時機…などと言いますが。

 その時その場。
 その瞬間の、ただの一言、ちょっとした行動。
 …そこに求めるべき価値があるのでしょうね。

 振り返って『ああすべきだった』と、どれだけ悔いたとしても。
 為すべき時機を逃しては。
 たとえ相手への真意が変わらずとも、そこには相手の隔意が生まれるのではないでしょうか?

 一旦生まれた隔意を取り除くのは容易ではなく。
 時機を得た言葉や行為に比して、途方もない労力を必要とします。

 …誰もがそれを知るからこそ。
 その時々の、相手を見据えた行為が求められるのではないでしょうか?



 『綸言汗の如し(りんげんあせのごとし)』
 古代中国の歴史書『漢書』に出てくる言葉だそうです。
 
 君主の命令(綸言)を出すことは汗を出すことと同じで。
 汗は一度出たら戻すことができないように、一度出した命令は取り消せない。
 …そんな意味があるそうです。

 これは君主に限らず。
 また、命令に限らず。

 私達が日常親しく触れる『言葉』というものは。
 全て等しく、そうしたものではないでしょうか?



 この週。
 マガツにおける『不具合』が公式に発表されました。

 この言葉は、時機を得たものであるのか。
 この言葉は、相手を見据えたものであるのか。

 …そこに、我々は隔意を感じることはないのか。



 鈴蘭が、かつて経験したこと。
 鈴蘭の周りで見聞きすること。
 それと、どれだけの違いがあることなのか。

 皆、等しく『人に向けた言葉』であることに変わりなく。
 個人であれ、組織であれ。
 責任の軽重を比べるべきものでもない…と、思う鈴蘭です。

 人の振り見て…とは言いますが。
 得てして自分が『そう』であることには気付かないもの。

 …身に覚えは、ないでしょうか?



■コメントのお返事
 …また後程。
□独り言 その五百四十一投稿分
>ナナさん
 コメントありがとうございます。

 目的のための手段。
 ナナさんのその在り方は、確たるものだと思います。

 それは正しいと鈴蘭も思っているのですが…。
 しかし、目標に近付けるだけ稼げることを楽しい、としているのか。
 楽に稼げることを求めているのかは、同じようで違うと思うのです。

 ナナさんのように明確であればいいのですが。
 その違いに気付かず、同じ括りで扱うと…思わぬところで足を掬われはしないか。
 …そんな…遠くない筈の先の心配をしている鈴蘭なのです。



□独り言 その五百四十四投稿分
>ノコーナさん
 コメントありがとうございます。

 作りたいと思う人は珍しくありませんが。
 作り出す人は思うほどに多くありません。

 なにより自身に耳の痛い話ではありますが…。
 得てして、作り出さない人は…才能がない、技術がない、機材がない、時間がない…と理由を挙げて、手をつけないものです。
 しかし実際の所…作り出せる人と、そこまでの差があるものではないと思います。

 ただ一点…『やる気』を除いては。

 『作りたい』という、意欲を持ち続けるという事が。
 作り手を作り手たらしめるのでしょうね。

 …見習いたいものです(´・ω・)=3



>ナイトワイズさん
 コメントありがとうございます。

 …おー…そうした心得がお有りでしたか(・ω・;)

 人に見せるものを作る。
 自分で作るものですし、妥協点はいくらでもあるわけで。
 甘えようと思えば、何処までも甘えられるものだと思います。

 …ただ、それではいつまで経っても完成などしないでしょうね;

 こうして形にしたという事は。
 取りも直さず、『自分に甘えきることなく成し遂げた』ことに他なりません。

 その点は…本当に、大したものだと思います。
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