独り言 その五百三十一

 大きいだけの鈴蘭です。

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                (C)SEGA


 …一足早く、新年らしいおめでたい画像をフライング(´・ω・`)

 刀子さんが撮って下さった、トナカイの姿。
 掲示板『文読』の方に挙げて頂いたのを拝借しました。

 …よく撮れてて、大変気に入ってたりします。
 来年のプロフィール画像はこれにしようかな…(´・ω・)



■考えすぎ?
 …先日から、一年を振り返ってみたりもした訳ですが…。

 この独り言でするような、古人の教訓、人との関係の裏側の考え事。
 こうした話をゲームに持ち込むことを『大袈裟』とする人は、少なくありません。

 遊ぶ上で難しいことは不要だろう…そんな風に言う人はいらっしゃいます。
 余計な事を持ち込んでも、雰囲気を壊すだけだろう…そんな風に言う人はいらっしゃいます。

 その言葉に同意する一方で。
 その言葉に矛盾を感じる鈴蘭であればこそ。
 敢えて言葉を強く、問い返します。

  では、貴方の『遊び』とは一体…何?

 画面の向こうに居る人は、その言葉にある『難しいこと』、『余計なこと』の集合体です。
 その塊の中から、『遊び』というものを探し出す行為。
 それがそもそもの『遊び』なのではないでしょうか?

 楽しいから。
 面白いから。
 そんな、切り抜かれた感情だけを理由に『遊び』となる訳ではなく。

 その『遊び』を作っている『難しいこと』、『余計なこと』の形に沿うからこそ…楽しい、面白い『遊び』になるのではないでしょうか?



 祝い事の席で、敢えて悲しい話をする人は居ません。
 しかし…席を同じくする、悲しい思いをした人の心中を、察する事はありませんか?

 …それは何故、出来るのか。

 これは。
 そこにも通じる『何か』ではないでしょうか…?



 『難しいこと』、『余計なこと』。
 それら全てを、不要と切り捨てたとして。
 それらを取り除いた後に残るものは、本当に『楽しい』、『面白い』なのでしょうか?

 …むしろ、もはやそこに残るような形などなく。
 相手を前にしながら相手を求めない…そんな『無関心』しか残らないのではないか。
 そんな風に思える鈴蘭です。



 …思えば、この『無関心』にこそ。
 今の鈴蘭を作るキッカケがあったのかもしれません。

 『それで良いのか?』という、疑問を持つことが出来たのですから。

 そんな疑問を繰り返し繰り返し。
 この一年、お付き合い下さった皆様に、心より感謝を。
 宜しければ、新年も鈴蘭の繰り言にお付き合い下されば幸いです。

 皆さんにとって良い一年であることを願いつつ…。
 本年最後の定期更新を終えたいと思います。

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コメント

  • 2014/12/30 (Tue)
    15:18

    今年は色々お世話になりました(´ω`)
    コメントこそ余りしてませんがいつも見ております。
    来年もよろしくお願いします(´ω`)

    Esuteru #- | URL | 編集
  • 2014/12/30 (Tue)
    21:53

    (´・ω・`)うおまぶしっ!!

    Eryth #- | URL | 編集
  • 2014/12/31 (Wed)
    04:02
    ありがとうございます

    今年はコメントをいただいたり、相互リンクしていただいたりと大変お世話になりました。
    自分では気がつかなかった視点からの記事などが、良い刺激になりました。
    ありがとうございます。
    来年もよろしくお願いいたします。

    月神セレナ #- | URL | 編集

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