独り言 その五百二十四

 大きいだけの鈴蘭です。

 昨日は『禍津』実装、火山/砂漠遊撃緊急のXH化などもありましたが。
 ファッションアップデートの日でもありました。

 魂の器を手にした鈴蘭に、もはや人の姿など不要…。

 …などと気取ってはみても。
 トナカイにも気分転換が必要ですし、一セットだけ削りましょうかね(・ω・)

  (´・ω・`)…。
  (´・ω`・)……。
  (・´ω`・)…あ、倉庫埋まってる…。

pso20141218_113959_003.jpg
                (C)SEGA


 これは鈴蘭一生の不覚…。

 明日は臨時メンテがあるということですし…早寝早起きをして、メンテ明けから倉庫整理をすることにしますかな…;



 最近、チームメイトとのやり取りで…

  ????『らんらんー』
  鈴蘭『(´・ω・`)?』
  ????『埋まる(' '?』
  鈴蘭『(´・ω・`)やめてください死んでしまいます』

 …という流れが定着しつつあります…。
 絵的には、こんな感じかと撮ってみましたが…如何でしょうか?

  これで勘弁してあげてください…(´;ω;`)



■考えすぎ?
 今週末は『雪割りの花』の開催を控えていますが…。

 個人的にはULTや各種XH緊急、禍津の実装を経て。
 これまでとは、また違ったものが見えて来ているのではないか…と、思います。



 『一頭の獅子に率いられた百匹の羊の群れは、一匹の羊に率いられた百頭の獅子の群れを駆逐する』
 ナポレオンが好んだとされる言葉だそうです。

 古くは、アレクサンドロス3世が『私は羊に率いられた獅子の群れを恐れはしない。しかし、獅子に率いられた羊の群れは恐れる』という言葉を残しています。

 集団におけるリーダー、或いは明確な戦術の重要性を示す言葉とされています。
 同意の言葉は世界各地に残されているかと思いますが…。
 今、この時期だからこそ。
 これらの言葉に、考えるべきことがあるように思う鈴蘭です。



 これらの言葉で示されている獅子と羊。
 …これは一体、何を指しているのでしょう?

 これは戦術の上での話をしている言葉ですし、本来であれば将としての、或いは兵士としての資質であったりするのでしょうが…。
 言葉の意味を少し広げて見てみれば。
 それだけに限らず、今のPSO2に置かれた私たちに通じるものがあるようにも感じます。

 獅子であることと。
 羊であることと。
 …その差とは、一体何であるのか。
 それを考えることは、決して無駄ではないと思います。

 それは、単純にどちらかの優劣を論じるものではなく。

 自分により相応しいもの。
 自分がより強く望むもの。

 それが獅子と呼ばれようと。
 それが羊と呼ばれようと。

 それを遜るでもなく。
 かと言って、それを驕るでもなく。

 それを誇るでもなく。
 かと言って、それを卑しむでもなく。

 それを諂うでもなく。
 かと言って、それを貶すでもなく。

 ただただ、自身に馴染むものであるというのであれば。
 『らしく』在る方法を、考えるべきではないでしょうか?

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コメント

  • 2014/12/19 (Fri)
    23:05

    本来の意味は、無統率の集団は、個の戦力で劣るが統率された集団には勝てない、という感じでしたっけ?
    なんとなく、絶望でみんなバラバラに動いて失敗するケースを思い出したりw

    ペリシア #- | URL | 編集

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