独り言 その五百二十一

 大きいだけの鈴蘭です。

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                              (C)SEGA


 昨日はブースト緊急の終わり際…或いは、終了後に大規模な通信障害が発生したとか。

 発生時には、『DDoS攻撃』という言葉も飛び交ったとも聞きましたが。
 公式の発表を見るに、ハードウェアの不調が原因だったようです。

 日曜の朝。
 フレさんとの習慣になっているTAやEXの最中も、随分と遅延が発生していたのを覚えています。

  『大型アップデートを目前にして大丈夫なんでしょうか…(・ω・;)』

 …そんな不安を、冗談混じりにフレさんと話していたのですが…。
 現実となってしまっては笑えない状況です;

 水曜日の定期メンテナンスは、『AM09:00~PM17:00』と時間が拡大されて実施されることになりました。
 …この機会に、環境の安定化に出来るだけの対策を…と、願うばかりですね;



■今日のニークス
 最近、フレさんが三国志を読まれたらしく…。
 それについて話をする中で、鈴蘭自身が親しく触れていた時期を思い出して。
 本棚の奥に仕舞ってあった三国志関係の本を、久しぶりに引っ張り出して来ました。

 ここ暫く、PSO2に触れていない時間は三国志を読んでいる鈴蘭です。



 先日触れた、三国志の登場人物のお話に、諸葛亮の名前を出しましたが。
 彼の名前を出したことで、一つのお話を思い出したので、少しばかり。



 三国志というお話は、諸葛亮の死後、彼の仕えた蜀の国が滅亡した後に成立しました。
 書き始めたのは、三国間の戦争に勝利した魏の国(後の晋の国)の複数の文官ですが。
 中でも、陳寿という人の書いたものが優れていたので、歴史書として後に伝わることになりました。
 この歴史書…所謂『正史』が、今に伝わる三国志の大元になっています。

 ところで、この陳寿という人。
 元は蜀の国の人で、諸葛亮とも面識があったと言われています。
 しかし、諸葛亮の司法判断によって父親(祖父だったとも、曽祖父だったとも言われる)を死刑にされたこともあり。
 彼に対しての感情は、複雑なものがあったのではないか…と言われています。

 後世の歴史家の中には、諸葛亮への個人的な恨みから、陳寿は彼のことを過小に評価して『正史』を書いている…と言う人もいるとか。

 ただ…三国志というものは、成立後に宗の国(晋の更に後に成立した国)が外国の侵略を受け、華北地域を失った頃に、単純な歴史から変質しているとも言われています。

 自らの正当性を掲げ、華北地域の奪還を目指して戦った諸葛亮を始めたした蜀の人達に、当時の宗の国の人々は自らを重ねるようになり。
 単なる記録としての三国志ではなく、記憶…情感で語る三国志が求められたのだとか。

 こうして生まれたのが、蜀の国の人達を主人公とした三国志…所謂『演義』なのだそうです。



 記録でみれば、諸葛亮は自国の繁栄に尽力して成果をあげましたが、戦争には敗北して目的を達しないままに他界した人です。
 …これだけを見ると、特に魅力を感じません。

 しかし、陳寿が残そうとしたのは記録としての三国志。
 不当に悪く書こうとしてのことではなく。
 こうした『結果』を、ただ書き残しただけのことではないだろうか…とも思う鈴蘭です。

 見る人、求める人によって、同じものでも評価が変わる。
 皆さんにも、心当たりはあるお話ではないでしょうか?



 …そして、皆さんが本当に残したいものは、なんでしょうか?
 記録でしょうか?
 記憶でしょうか?
 …それとも?



 …って、PSO2の用語が一つも出ない日記になりました…;
 何か通じるところを汲み上げていただけたら、幸いです(´・ω・`)
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コメント

  • 2014/12/18 (Thu)
    00:40
    足跡ペタペタ

    初めまして♪
    PSO2関連のブログを巡ってたら辿り着きました。過去ログみてたら、三国志とか孔明評価とか…ちょっとツボにハマった感じでしたw
    また遊びにきま~す♪

    ペリシア #- | URL | 編集

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