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独り言 その五百二十

 大きいだけの鈴蘭です。

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                            (C)SEGA


 今日はニコ生の放送がありました。
 昼にオフラインイベントの会場からの中継…という形で、いつものタイムテーブルとは異なりましたが…。
 恒例のブースト緊急は定刻通り。
 赴く人を見送り、いつも通りに出勤した鈴蘭です(´・ω・)ヤムナシ

 今回は、マガツ戦のプレイ実況、ロードマップの説明などが予定されていたと聞きました。
 タイムシフト予約はしてあるので、今は内容を楽しみにしつつ…ここは、明日の仕事明けまで我慢しようと思います。



 …しかし、時として。
 ロードマップと称される『1年の予定』とは、過去と未来から切り離された『今』を聞かされているかのような錯覚を覚える鈴蘭です。

 常に新しいものを。
 その姿勢は好感を持つのですが。
 果たして私は、古いものを塗り込めてまで、新しいものを求めているのでしょうか…?

 …ふと、そんな自問が浮かんだ鈴蘭です。



■考えすぎ?
 インターネットの普及による活字離れ…などという話を耳にします。

 情報端末を一人一台持つような時代です。
 必要とする情報をネットから得るのは、そう難しいことではありません。

 疑問に思ったことを、その場で、即座に、簡単に。
 なんとも便利な世の中です。



 或いはこれは、ネットネイティブとは言えない古い人間であればこその感覚なのかもしれませんが…。
 こうした在り方には『間』が足りないのではないか。
 …そんな風にも思う鈴蘭です。

 人は知識を知識として吸収するにも、時間と手間を必要とするように思います。
 知識を知識だけで得たとしても。
 そこに付随する、自分自身の生の感覚の記憶がなくては、自身の中に残らない。
 知識とは、そうしたものではないか…と。



 うろ覚えの話になりますが。
 感覚拡張…という脳の働きがあるそうです。

 これは例えば、普通の人は目で見たものを、色や形…視覚情報で記憶しますが。
 目で見たものを、目で見た以上の感覚で記憶する事があるとか。

 それは、味であったり、匂いであったりするそうで。
 数学の天才的な才能を持つ人の中には、こうした感覚を有している人がいるそうです。

 目で見た数字を、ただの数字としてだけでなく。
 色や、味や匂いでも認識する。

 こうした脳の働きが天才特有のそれとしても。
 通じて、常人であったとしても、記憶するのにそれを補強する存在があれば…という風に考えられはしないでしょうか?

 …そして、そうした感覚に覚えはないでしょうか?



 自身の感覚の記憶。
 …知識を得るのに、今の世の中はその為の時間と手間…そうした自分だけの『間』が取り難くなっているように感じます。

 目的のための最短距離。
 それは無駄のない在り方ですが。

 ただただ早く到達することこそが、大事なのでしょうか?

 到達したとしても。
 そこから『先』があるからこそ、活きるものではないのか。
 そうしたものを求めているのではないのか。

 このゲームで過ごす時間の中。
 そんな疑問を新たにした鈴蘭です。



■コメントのお返事
 …また後程。
>ナイトワイズさん
 コメントありがとうございます。

  〒 〒
 (´・ω・`)φ モッチュモッチュ

 …今日はみたらしにしよう…。



>サギリさん
 コメントありがとうございます。

 自分も、2つが同じ話だとは最近まで知りませんでした。
 調べてみれば、案外とこうした事例は多いのかもしれませんし。

 折を見て、自分の知る童話の由来を訪ねてみるのも、面白いかもしれませんね。

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