独り言 その五百二

 大きいだけの鈴蘭です。

 ULT実装を明日に控え。
 皆さんはどのように準備されてきたでしょうか?

 この独り言でも、何度か触れて来ましたが…。
 ラボの緩和期間と対抗戦でのブーストを経て。
 キャラのレベリングや、装備の更新に勤しんだ方も多いかと思います。

 鈴蘭自身、3人娘の育成にいつになく真面目(?)に取り組み…3人それぞれの8クラスの大半…8×3=24クラス中、22クラスをカンストさせるに至りました。
 また、それに加えて、それぞれの装備についても財布の許す範囲で調えもしました。

 …時々の流行に疎い鈴蘭がここまでしたのは、PSO2を始めて以来初のことになります。



 しかし、個人的には…この準備は『必要』ではあるでしょうが、ゲームを楽しむ上で必ずしも『重要』ではないと考えています。

 レベルを上げ、装備を調え…。
 少なくない時間と手間を掛け、そうして育て上げたキャラクターを操るのは、結局は生身の人間です。
 データ上のキャラクターや装備自体が、ゲームを楽しむ訳ではありません。

 キャラクターの向こう…画面の向こうの人間の心が無くては始まらない。
 …これは、そういうものではないでしょうか?

 ULTは新たな価値を齎す存在になるかもしれません。

 しかし、たとえレベルや装備が条件を満たそうとも。
 人間の心が無ければ、新たな価値の中でどれだけ多くのものを得てたとしても。
 それ以上に、今までに手にしてきたものを失うように思います。

 レベルと装備は必要です。
 ただ…それが、人の心までをも定めるものでは無いはずで。
 レベルと装備を理由に人を選ぶ…心を見誤る事になっては、何れ自身の世界は閉じてしまのではないでしょうか?



 何かにつけ『旬を逃す』とは言いますが。
 世間の多くの人と、同じ楽しみを体感する事が大事でしょうか?
 それとも、繋がる人と同じ楽しみを体感する事が大事でしょうか?
 …そう、問うてみたいと思う鈴蘭です。

 心を育てる…というのは大袈裟かもしれません。
 しかし、実際には擦れ違うばかりでも、実利を追い求めて形が成るよりは。
 不自由であれ、それをこそ楽しみとする形が望めるのではないか…。

 …その意味では。
 『雪割りの花』は良い機会だったと…そう思います。



 コンテンツを楽しむのも良いでしょう。
 しかし…コンテンツに遊ばれないようにして欲しい。
 …新しいものを恐れる、古い人間の願いです(´・ω・)
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する