独り言 その四百九十三

 大きいだけの鈴蘭です。

 時としてロビー勢にも数えられる鈴蘭ですが。
 最近は、フレさんと定期的にクエストに出ています。

 この時間は。
 クエストに赴くこと、それ自体は普段と変わりありませんが…。
 しかし実のところ、常の鈴蘭とは少し違うスタンスで臨んでいたりします。



 横丁と称する集まりの中での鈴蘭は、前衛であり後衛であり。
 その時々で、フィールドに立つ位置を変えています。

 ただ、大きくは『支援役』として活動していることに、変わりはありません。

 これは鈴蘭として、ある程度完成した形で。
 鈴蘭の中では安定した…堅実なスタイルなのです。

 …安定。
 言葉の響きは良いのかも知れません。
 しかし、ともすればこの遊びは。
 自分の手の届く枠内で、出来ることだけを選び取って遊んでいる…と言えるでしょう。

 それに対して、件のフレさんと遊ぶ鈴蘭は。
 普段の自分がしないこと、出来ないことに挑戦しています。

 自分の手の届く枠の、ほんの少し先。
 そこに至る選択をして遊んでいるのです。

 …これは、ともすればクエストが失敗しかねない遊び方ですが。
 今の自分に何が出来るのか、どうすれば良いのか。
 それを考て、試行して、経験して、相談して…解を求める。

 自分が考えもしなかった、自分の可能性を見付ける。
 そんな遊び方でもあります。



 約束された楽しみ、というものは確かに存在します。
 それは、お気に入りの小説を繰り返し繰り返し読むような。
 …そんな穏やかな楽しみです。

 しかしながら…。
 広大なネットワークの世界、多くの人の中に在って。
 ただ一冊の小説だけを読み返して楽しむのでは…勿体ないとも思うのです。

 …小説の収められた本棚は、何処に在るとお思いでしょうか?
 必ずしも、普段から目にしている場所に在るとは、限らないのではないでしょうか?

 自分自身が持つ本棚を顧みず。
 好きだから…と、一冊の小説ばかり手元に置いては。
 本棚は本棚としての意義を失い。
 自分自身に在るはずの『何か』を、容易には見えなくしてしまうようにも思います。

 自分の『何か』を自分自身から遠ざけて。
 好きなものを手元に積み上げた結果が『自分』なのでしょうか?

 …フレさんとの時間は。
 それを問いながら、自分の本棚を捜して。
 自分の『何か』を捜している鈴蘭です。



■コメントのお返事
 …また後程。
>サギリさん
 コメントありがとうございます。

 果たして『快適』というものが何であるのか。
 その答えは、一様では無いと思います。

 自身のそれを、見ず知らずの人に一言で以って示すことは簡単ではありません。

 言外に示すことの出来る、一つの価値基準として。
 ステータスに表される『数字』があるのだと思います。

 この『数字』自体を高めることは、一つの喜びには違いありませんが。
 ただ、この『数字』だけが『快適』を人に約束するものではありません。

 どちらかが欠けては、言われるように何れ消えてもしまいかねないでしょうね…。
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