独り言 その四百八十九

 大きいだけの鈴蘭です。

 明日は定期メンテナンスの日。
 最近はメンテの度のアップデートが続き、何とは無しに忙しないものを感じていましたが…。

 明日は中休みとも言える谷間の日。
 久しぶりに、ゆったりとした水曜の朝を迎えられそうです。

 …とはいえ。
 メンテ明けからは、ラボの緩和も始まります。
 鈴蘭も、幾つかの装備に手を加える予定なので、多少なりとも忙しくなりそうなのですが…。

 はてさて。
 緩和だから…と、忙しなくなる。
 そんな、常ならない鈴蘭に…得るものがある一週間となるでしょうか…?



■考えすぎ?
 自身の住む世界がどんな形をしているのか。
 …それは自身の目では、正確に分からないようにも思います。

 知識として、「地球が球体である」ことを知ってはいても。
 実感として、「地球が球体である」ことを意識する機会は、そうありません。

 かつて、世界は大きな樹によって支えられている…と、信じられていたと聞きます。
 現代において、宇宙から地球の姿を見ることが出来るようにまでなった人間は、その樹の存在を過去の概念としました。

 しかし、『大きな樹』と『宇宙から見た地球』の2つ。
 何れも鈴蘭にとっては、等しく同じ知識でしかありません。

 誰かの目を通し、誰かの口から語られるもので。
 自身が実感として得ているものは、何一つ無いのです。



 人間は世界の未知を既知に変え。
 世界の形を平板から球体に変えましたが。
 鈴蘭にとっての世界は、平板であり球体でもある…曖昧なものであるように思います。

 たとえ世界がどんな姿をしていたとしても。
 今の鈴蘭の目に見える世界が変わる訳ではありませんし。
 鈴蘭にとっての世界は、鈴蘭の目に見える範囲でしか語れません。

 ただ、それだけに。
 世界の形が人の数だけあるという、世界の多様性…その可能性に繋がるようにも思います。

 何故なら、鈴蘭ばかりが特別という訳ではなく。
 …鈴蘭と同じように、皆が自身の目で世界を見ている筈なのですから。



 自身の目に見えない世界の形。
 それが平板であるのか、球体であるのか。
 それを論じるというのなら。
 誰かの知識ではなく。
 まず、自身の実感を大切にしてはどうでしょう?

 …その上で相手を知り、実感してみて下さい。
 論じる相手もまた、形は違えど自身と同じ世界に居るということを。

 世界の形が一様であるからこそ、此処という場所があるのではなく。
 その形が定まらないからこそ、此処という場所があるのではないか。
 …そんな事を考えた鈴蘭です。



■コメントのお返事
 …また後程。
>月神セレナさん
 コメントありがとうございます。

 相互までしていただき、有り難うございました。
 こちらこそ、改めて宜しくお願いいたします。

 無料エステパスは有料のそれとは違い、一発勝負ではあるものの。
 エステ内の機能面では、有料のものと変わりありませんしね;
 鈴蘭にしてみれば、効果を理解していない補助アイテム類より、余程魅力を感じています。

 しばらくは、あれこれ試行錯誤を楽しみつつ、大事に使っていこうかと。



 機会があれば、新生(?)ちび鈴のお披露目もしてみたいものですね;
 …形になれば…きっと…多分…(´・ω・)?



>のこーぬさん
 コメントありがとうございます。

 フォトン万能説…!
 しかし、そうなるとナウラ三姉妹は『フォトンを扱える人間』ということになり。
 アークスにも関係している事になってきそうですが…。

 まぁ。
 『あくうかん』を越えてきた猫がロビーに居座っても、少しも動じないアークスのこと。
 ある日、街のケーキ屋が光年単位でジャンプしようが、日常のヒトコマに数えられるのかもしれません(「・ω・)」~☆
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