独り言 その四百六十四

 大きいだけの鈴蘭です。

 先日お知らせしたイベントについて、補足説明の必要性を感じましたので、少し触れようかと思います。

 【第一回 イオ横丁座談会】

 題  目:『貴方が此処に望むもの』
 開催月日:2014年09月27日(土)
 時  間:21時開始、終了時刻不定
      ※緊急等による諸事情の途中退席、途中参加は自由とします。
 参加資格:『人を思っての言葉』を望む方。
      ※『参加者』が『話し手』を意味する訳ではありません。
       『聞き手』として参加されたい方も歓迎です。
 場  所:Ship3 B228 ジグ横円形テラス

 …このイベントを表すに「座談会」という言葉を用いましたが。
 フレさんとイベントについてお話する中で、開催形式がどういったものなのか、不明瞭であったように感じました。

 この文章で、疑問に思われた方もおられるかと思います。
 鈴蘭の言葉足らずでした…申し訳ありません(´;ω;`)



 このイベントの趣旨は「対話」にあります。
 話し手、聞き手…何れかに『分かれなければならない』訳ではありませんし。
 個人の主張を『発表する』だけの場ではありません。

 一つのテーマに関して、お互いの思うところを話し合う。
 議論というには堅苦し過ぎるでしょうし。
 雑談というには、テーマが余計でしょう。

 …これは、そんなイベントです。



 このPSO2において。
 普段、同じチャンネルを持つ者同士が話し合うことはあっても。
 違うチャンネルに在る人と話をする機会は、多いようでいて…あまり無いようにも思います。

 それは…なるべくして、同じチャンネルを共有するようになったからこそ、なのかもしれません。

 ただ、思うのです。
 チャンネルの違いが、人を分ける決定的な要素とは限らないのではないか…と。

 携帯端末の普及で、人は何時でも何処でも多くの人と繋がれるようになりました。
 それは便利であることに違いありません。
 世界の広がりを見せてくれるかも知れません。

 しかし…端末の繋がる先だけに、世界の広がりがあるのでしょうか?

 もしかすると。
 今の私達は、頭上に『・・・』と表示して。
 他の人には見えない、『自分だけの世界の広がり』に繋がっているだけなのかも知れません。



 携帯端末は、確かに世界の広がりを見せてくれるかもしれません。
 しかしいつしか。
 世界の広がりを、携帯端末を通してでしか見られなくなってしまってはいないか。

 …そんな『狭さ』に通じるものを、PSO2に感じている鈴蘭です。


pso20140904_125509_000.jpg
                   (C)SEGA


 なぜ此処に足を運ぶのか。
 それを知り得る場として、このイベントが在れば…と思います。



■コメントのお返事
 …また後程。
>サギリさん
 コメントありがとうございます。

 変化しないというのは、確かに有り得ないことなのかもしれません。
 何かしらの影響を受け、変わっていくのが自然なのかもしれません。

 ただ、変わるにしても。
 自分が知らず変節するというのは、無自覚ではないか…とも思うのです。

 今を大事にするとしても。
 今に流されて、自分を見失ってしまいたくはないとは思いません(´・ω・`)?



>兎さん
 コメントありがとうございます。

 生放送での謝罪に関しては、私も伝え聞きましたが…。
 『誤解を与えかねない表現であった事』への謝罪だったのでしょうし。
 『何故、今このタイミングでの調整となったのか』という部分には、触れていないのではないでしょうか?

 今回の生放送で発表された内容を、私は把握してはいませんが。
 ただ…今までを思うと。
 …深い霧の中、導く声だけを頼りに歩かされているかのような気持ちですね;

 …過去を踏まえ、現在を見据え、より良い未来を望む。
 これもまた、無関係ではない話のように思います。
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