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独り言 その四百五十二

 大きいだけの鈴蘭です。

 昨日、雛さんのクイズイベントについての告知が出されました。
 右カラムにある掲示板『お茶の間』の『【LeCiel~ep6~】:『第四回クイズ大会』@0913』スレにありますが。
 9月13日(土)に、SHIP3のB231ショップエリアのステージで21時からの開催予定です。

 詳細については後日発表となるようですが…こうしたイベントに関心のある方は、参加されてみては如何でしょう(´・ω・`)?



 明日のメンテ明けから、WEB連動企画最後の褒賞期間が始まります。
 期間中の強化成功率上昇、レアドロ+150%、リサイクルレート緩和…この時のために、準備を進めてきた人も多いかと思います。

 鈴蘭としては、特に予定は考えていなかったのですが…。
 先日『白の領域』で、最近評判らしい将軍様ユニットを頂けたので。
 これの強化でもしてみようか…と、考えています。

 それに、バウンサー実装に合わせてレアが追加されたボスも居ますし。
 期間中は周回などに行くのも良いかな、と。

 鈴蘭でもそんな事を考える、時期が時期。
 この一週間は、いつにない活気がある事でしょうね;

 雛さんのクイズ大会は、そんな褒賞期間後…アークスシップが落ち着きを取り戻した後のことになります。

 新緊急の追加が予定されているとは言え。
 祭の後…という雰囲気にも近いものがあるやもしれず。
 良いタイミングでの遊びになるのではないか、とも思います。

 来週末のイベント。アークスシップの様相…。
 それらを楽しみにしていようと思う鈴蘭です。



■考えすぎ?
 埒も無い考えですが…見当違いとしてもご容赦を(´・ω・`)

 鈴蘭は、PSO2というネットワークゲームをする上で。
 『人との繋がり』を念頭に置いたスタンスを持っています。

 人が集まる場所であれば、そこが仮想であれ『社会』が作られます。
 それは現実に比して非常に限定的ですが。
 PSO2というネットワークゲームをする上で、必要とされるものだろうと思います。

 しかし、必要とされたとしても。
 例えば『社会』が円滑に機能するために、人は一定の義務を負いますが。
 現実社会であれば三大義務…勤労、納税、教育に当たるものは、ネットワークゲームの『社会』においては非常に曖昧です。

 それはゲーム上の『社会』という存在が、個人が遊ぶ上で選択の一つであり。
 それが必ずしも、個人の遊びの目的になるとは限らないからではないでしょうか?

 …これは、多様性というものなのかもしれません。
 しかし、ここに疑問を覚えます。

 仮にネットワークゲームの『社会』が提供するサービスが、目的化したとき。
 果たして鈴蘭が持つスタンスは、手段として成立するのでしょうか?

 …それは、『社会』にとっては選択の一つに違いはありません。
 円滑にゲームを楽しむための、手段の一つ。
 それは鈴蘭にも理解の内です。

 ただ。
 ゲームという『社会』を円滑にするために、個人が存在しているのでしょうか?
 ゲームという『社会』ありきで、個人は存在するのでしょうか?

 ネットワークゲーム上に存在する『社会』。
 これは果たして、個人の為になる『社会』なのでしょうか?
 それとも…? 



 ゲームの『社会』と個人の関係。
 果たして、良好…という位置関係は何処にあるのか。

 如何に限定されているとはいえ、その在り方は様々。
 人の為す事である以上、単純ではありません。

 …いや…鈴蘭が、足りない頭で難しく考えているだけなのでしょうか…(´・ω・)=3

 こうして、まとまりなく考えている辺り…。
 きっと、そうなのでしょうね;

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コメント

  • 2014/09/03 (Wed)
    01:41

    ブログ巡回さんよりおじゃまします。

    度々おじゃまさせていただいております。
    毎回推敲された文章で、考えさせられる記事も多く、楽しませていただいております。

    今回後者の記事、色々と難しいですよね。
    人とのつながり、心の配慮、自己意見の提案・・・個人と社会。

    ですが、最終的に一番大事な基礎になるものはやはり【人とのつながり】に戻るのかな、とも思います。
    お書きになられた三大義務も、その実作業をするのは人です。
    ネトゲの社会も大きく見たら細々としていますが、最小単位はやはり人、それは運営する側も、プレイする側も変わりません。

    お互いの顔も見ることがなく、しかし楽しく遊んでいただいているフレさん、チムメンさんも、画面ではキャラクターですが、操作しているのは人です。暴言を吐けば気分を害し、仲が良ければ喜びと楽しさを共にします。
    何とも不思議なネトゲの世界ですが、元を辿って行くと現実と何ら変わりないのではないか、ふとそんな事を思ったりします。

    現実の私はこうだから、ネトゲではこうしよう。それもひとつの成り切りですが、やはり根底は変わらないもの。優しい人はやっぱり最後まで優しいですもんねw

    そう思うと、鈴蘭さんがおっしゃる『社会』というものは、誰が作らずとも自然と出来上がるものなのかもしれません。
    例えば、相手の心を無視して運営側が押し付けたある意味『社会』は、受ける側にとって不満が有れば反発します。現実同様に。
    そうしたら、その内容は変えなければ人は離れます。もちろん、内容に不満のない人は残るでしょう。ですが、人が少なくなればその社会は機能しなくなり、最終的には前述のとおりただ一人の『人』が残るのみです。極端ですけどね。

    そう考えると、『ある程度』の『規則』を運営側が作り、その内容を『個人達』が修正する。というスタイルがお互いにとって中庸を保つ方法のような気がします。PSO2そのままですねw
    まとめると、『社会は個人が自分たちのために自分で作り出すもの』となるでしょうか・・・
    度が過ぎれば意見が持ち上がり、許容範囲なら静観する。やはり基本はこのスタイルが一番円滑に事が進むのでしょう。

    ですが、前述の通りその『個人』の中は文字通り『人』な訳で。
    お互いに住み良く、生活しやすい様に心を汲み取り、考える。
    やはりどのような大きな要素であっても、一番の基礎はこの部分が大事だと思います。
    そういった意味では、どんな物事を決めるにも鈴蘭さんのスタンスである『人とのつながり、思いやりと配慮』というのはすごく大事だと思います!(`・ω・´)ゞ

    超長文と見当外れな乱文、申し訳ないです。

    ノコーナ #- | URL | 編集

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