独り言 その四百二十八

 大きいだけの鈴蘭です。

 報酬期間の終了が目前に迫ってきました。
 今回のレアブーストの恩恵によって、フレさんからは新たに☆12獲得の知らせが幾つも届いています。

 こうしてみると、☆12も随分と目にする機会が増えたもので。
 かつては『都市伝説』とまで評されていましたが…それが嘘のようです。

 次の予告緊急でのチャンスは、明日の14時のエルダー。
 これが、期間中ほぼ最後となるでしょうし。

 期するものがある人は、後悔の無いようにして貰いたいですね…。



 折角だし、鈴蘭も久し振りにフルブーストで行くかなぁ…(´・ω・)



■考えすぎ?
 私達は、自ら望んでアークスシップに乗り込んで、少なくない時間を過ごしています。
 これは各々が求める楽しみが、この場所に在るからに外ならないからこそでしょう。

 この楽しみを指して、よく『遊び』と表していますが。
 日常、何気なく使っているこの言葉。
 そもそも、どんな意味があるんでしょう?

 『遊び』
 古くは神事や狩猟といった、生きる上で必要な生活の中の行動をも『遊び』と称したそうです。
 しかし、社会が複雑化し、労働を苦役とするようになったことで、生きる上では必ずしも必要とされない行動を、『遊び』と称するようになった…と。

 これは本来、『遊び』が『充足を得るための行動』を指すもので。
 苦役となった労働では、充足を得られないからだ…と、言われてもいるそうです。

 …これを知って、考えた鈴蘭です。
 現実と仮想の関係を考えると、アークスシップに乗り込む私達の行動は『遊び』に違いありません。
 しかし仮想の中、『遊び』を求めているアークスの私達は。
 果たして…『遊び』をしているのでしょうか…?

 『充足を得るための行動』。
 その『充足』が、精神的なものを指しているとして。
 現実に在る私達の『充足』と。
 仮想に在る私達の『充足』に、違いが出ているようにも感じます。

 人を揶喩する言葉に、【職業:アークス】なんてものがありますが。
 アークスとしての私達の『遊び』が、いつしか苦役になってしまってはいないでしょうか?

 何によって充足を得るかは、人それぞれに違いますが。
 『遊び』ではない『遊び』。
 現実の苦役ではない…という、差が見せる『遊び』。

 楽しい、面白いと感じるそれは。
 果たして…誰にとっての、何なのでしょう?

 …早々、答えが出るものでなく。
 『なんとなく』で過ごすのが、良いのかも知れません。
 しかし、何か大事なものが其処に在るようにも感じられる…。
 そんな鈴蘭です。



■コメントのお返事
 …また後程。
>PLINさん
 コメントありがとうございます。

 最大効率。
 それを目指すのが、ひとつの極であるのは確かです。
 しかし、楽しみの中で求めていくものなのか、それ自体が目的になっているものなのか。
 それによって、意味が変わってくるようにも思います。

 何かを得るために遊んでいる我々ですが。
 世の中おかしなもので。
 遊びの中で、遊びを削らなければ遊びにならないという…ね。



 何れにせよ、線を引いて善悪を論じるのが難しいお話です。
 それは自分が望む遊びかどうか。
 …結局は、そこに行き着くんでしょうね。
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