独り言 その三百十

 大きいだけの鈴蘭です。

 いよいよ…と言うべきなのか、明日のアプデでDFさんが帰ってきます。
 予告限定でLv.70のDFさんが現れるそうですが…。

 クーナのライブに、また遅刻して来るんでしょうかね…(´・ω・`)?
 いつになったら、彼はライブが拝めるんでしょうかね…(´・ω・`)
 ああ、いや…クーナのチョコが欲しいんでしょうかね…(´・ω・`)?
 「欲しい」と言っても、もらえそうにないですけどね…(´・ω・`)

 なんか…DFさんが可哀想になってきたよ…(´;ω;`)



■考えすぎ?
 共感を得るのは、簡単なようで難しいもののように思います。
 面白さや楽しさを分かち合う機会は、思うほど少なくありません。

 ただ、分かち合った『それ』の何処に、感情を揺り動かされているのか。
 それは、他人が目で見ることの出来る表層からは、理解が及びません。

 一言に『楽しさ』と表しても。
 その感情に至る経緯が存在し、結果としての『楽しさ』がある筈で。
 それは同じものを分かち合ったとしても、人それぞれに違うと思います。

 分かち合ったものを前に。
 『楽しかったね』と同意を求め。
 『楽しかった』という答えが返ってくるとしても。
 その『楽しさ』が何であるのか。
 全く同じものを見て、感じているとは限らないでしょう。

 先日の『視点の違い』でも触れましたが。
 個々に違う個性を持った存在です。
 全く同じ思考、感情を持ち得るものではありません。
 同じものを見ても、見え方は人それぞれ。
 人それぞれに、見たものに感動を覚えるのだと思います。

 別に人と人が何かで繋がり、感動を直接的に共有している訳ではありません。

 ただ、だからこそ『同じものを見ている』という感覚は、得難いものだろうと思います。
 全く違う個性が、自身と同じ思考、感情を持っている。
 その期待から親しみが…共感が生まれるのではないでしょうか?

 しかし、たった一つ生まれた共感で、その人の全てと触れ合えるとは限りません。
 生まれたそれを、大事にすることが出来るのか。
 次の機会へと繋げ、より多く触れ合えるのか。

 共感を得る為には。
 その場その場で、その人の一部分を切り取るだけではなく。
 その人を、より広い視野で見ることが必要なのではないか。
 …そんな風に考える鈴蘭です。



 …いかん…考えたことが上手く表現出来てない気が…(・ω・;)
 もっと言い方があるんじゃなかろうか…。
 思考が上手く言葉にならない、もどかしさがぁぁぁ…;;;
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コメント

  • 2014/02/12 (Wed)
    14:20
    No title

    本当に共感を得るって言うのは簡単のようで難しいんですよね、それを人それぞれだからと言えばそれで終わってしまう事なんですが・・・。

    昔、チームイベントを開いたときに、メンバーの皆は果して、楽しめたかな? と心で思ってましたが、やはり楽しめた人もいれば楽しめれなかった人もいるでしょう、
    ただ個人的には不十分だった部分もあるのが心残りですが。


    人それぞれ視点が違うって言うことで、もしその視点から見るとしたらどう映るかよくよく考えるのですが、少しばかり疲れますね、同じく共感を求めてるわけではないのですが、こういう考え方もあるんだな、こういう考え方もあるのかもしれない、と実感する時もありますね。

    人それぞれ違いがあるのはいいですが違いすぎると少しばかり悲しいと思っちゃいますが、少しでも分かり合える日がくれば良いなと思ってたりしてます。

    長文失礼しました。

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