独り言 その三百二

 大きいだけの鈴蘭です。

 …コミュニティ関係で、もう少し続けようと思います(´・ω・`)

 イオ横丁の運営面では、鈴蘭も一枚噛んでいるのですが。
 共謀者の魔女さんと一致している見解として『箱庭は作らない』というものがあります。

 …この点については、過去にも独り言で触れましたが…。
 空間が無限の広がりを持っていたとしても。
 人間が知覚出来る範囲には限りがあります。
 限りがある以上、意識せずとも内と外の区切りが生まれてしまうと思うのです。

 確かな中心を定めたとしたら。
 自然と区切りも定められると思います。

 その区切りの中だけを、世界の広がりとするならば。
 皆が中心に寄り添う事で、内に広がる世界の全てを感じる事が出来るでしょう。

 しかし、人はそれぞれに立ち位置を持っています。
 確かな中心があったとしても、それとは距離を置く…置かねばならない人もいます。

 その人から見た世界では。
 区切られた、世界の内も外も見えるはずなのです。

 注意しなければならないのは。
 その区切りとは、中心の都合によって生まれたものであり。
 見ている自分自身が、中心を何処に定めるかによって、たやすく変化するものだということ。
 不変不動のものではない、という点です。

 内や外というコダワリも。
 誰かの都合によって決められたもので。
 一つの考え方であり、絶対の正しさを持つ訳ではありません。

 内に居るからには、中心を意識するのは当然ですが。
 内を定める中心に、世界の全てが在るとは限りません。
 内の中心だけを見ていては、何かを見落とす事にもなると思うのです。

 自分自身を中心として広がる、世界の隅々を見渡して。
 自分が世界の中心に在る、という感覚と。
 自分だけが世界の中心ではない、という感覚が大事なのかもしれない。
 …そんな風に考える鈴蘭です。

 『箱庭』では、他者と相容れることが出来ません。
 『創造主』と『被創造物』の関係は、私が求めるそれとは違うように思うのです。

 自分以外の中心との共存。
 拙い自分の文章で、上手く伝わるものかは分かりませんが…。
 そうした、他者を同等の存在として認め、尊重する場所にこそ、求めるものがあるように思います。



…思った以上に、意味不明な文になった…(´・ω・`)ウヌヌ
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コメント

  • 2014/01/31 (Fri)
    02:31
    No title

    こんばんは

    リオです。なんというか、自分に向けられた言葉のようで、コメントもくださり、ありがとです。大変、恐縮しております。

    自分の視点を変えると、今まで見た景色が変わる事は、常で不変的な物事・価値観だと思ってます。たぶん、現状での立ち位置を変えたかったのかなって。そう思う事も。

    だから、行動したくもなって。今後、迷惑かけるような事もあるかと思います。でも、堪忍してくださいね。

    うん、こんなコメントでいいか分からないけどw
    感謝します。

    B228に入り浸る事になるかもですが、よろしくね。

    リオ@トリスタ #- | URL | 編集

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