独り言 その二百九十三

 大きいだけの鈴蘭です。

 「桃李言わざれども下自ずから蹊を成す」…史記にある言葉です。
 モモやスモモは言葉を発することはなくとも、美しい花と美味しい実に惹かれて人が集まり、自然と道ができる…という事で。
 転じて、魅力ある人の元には、何を言わなくとも人が集まるという意味を持つそうです。

 これは、史記に記録されている、ある名将を讃えるものだと聞きます。

 もの言わずとも人を惹き付ける、桃や李のような魅力…。
 人に例えると、何に当たるんでしょう?
 個人が持ち得る…容姿、才能、所作…或いは、名声や富といった社会的なものでしょうか?

 これをネトゲに置き換えてみると。
 限定された仮想現実において、もの言わずとも人を惹き付ける魅力というのは。
 記号化され、画一化され、均質なものになるように思います。

 無論、その中から飛び抜ける人はおられますが。
 それも作られた枠の上限を超えることは、そうはありません。
 作り手によって『こうあれ』と、定められて作られた世界です。
 いずれ、収まるべきところに落ち着いていくものと思います。

 こと、ネトゲに関して言えば。
 もの言わずに人を惹き付ける魅力というものは、そうは無いだろうと思うのです。

 …そんな均質な人の集まりの中。
 『何』に価値を見出だして、他との差を認めるのか。

 ネットで繋がるアークスシップにおいて。
 記号化され、画一化され、均質な顔の見えない相手と繋がる。
 これだけを見ていては、魅力は感じないように思います。

 …こうは考えられないでしょうか?
 桃や李のように黙ってはいられない人間であるからこそ、生まれるもの。
 作り手が縛る事が出来ない、人そのものの部分。
 記号化され、画一化され、均質なものに置き換えられても尚、人として表れるもの。

 言葉無くして人を惹き付けるのが、桃李というのなら。
 言葉を以って人を惹き付けるのが、この世界の人間ということなのかな、と。
 …そんな風に考えた鈴蘭です。



 週末に、一つ間違いを犯しました。
 それに気付き、間違いを正せたのは。
 こうしたものの価値を認め、求めてくれる相手であったから。
 …そうした繋がりを大事にしたいと、つくづく感じることが出来ました。

 本当に、まだまだ足りないことばかり、です。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する