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独り言 その二百二十五

 大きいだけの鈴蘭です。

 所属チームでの活動に関して。
 思うところがあり、今までの引いた立場から意見するスタイルから。
 少し表舞台に立って、主導するスタイルに切り替える事にしました。

 人を育てる上では『自覚』『自省』『自学自習』といった、自分自身を育てる意識を持ってもらう事が不可欠と思います。
 …ゲームで何を言ってるのか、と思われるでしょうか?
 …自分でも思わなくもありません;
 ただ、限定的であるとは言え、人の集まる『社会』があります。
 人を蔑ろにして、成立するものではないと思うのです。



 絶対的な指導者の存在があれば、組織として強く在れる…そんな風にいわれます。

 …確かにそうかも知れません。
 誰もが仰ぎ見る神の如き存在というのは、指導者の姿として一つの理想でしょう。
 誰もが認める存在が組織の中心にあれば、組織は纏まりを見せるでしょうから。
 確かにその通りではある…と思います。

 しかし、果たしてそれだけで済むのでしょうか。
 人が無謬であるというのは、ひどく在り難い事です。
 一個人の優れた個性に拠って成立する組織は、シンプルな強さを持つでしょうが。
 ただ同時に、シンプルであるが故に脆さがあると思うのです。

 例え優れた個性が存在しなくとも。
 多種多様な個性が、各々の視点から多角的に物事を捉えて、補い合う。
 そうした多様性にこそ、人の集まりとしての強さがあると思う鈴蘭です。
 
 得難い無謬の個性を待ち望み。
 或いはそれを誰かに期待するよりは。
 組織に在ることの意味を自覚した、より多くの人を育てるのが良いと思うのです。


 もっとも…。
 すでに組織としての安定を得ていたとしたら。
 その在り方に疑問を持ったとしても。
 安定している現状から進み出る…というのは、思う以上に難しいことです。

 …オオカミ少年のお話があります。
 村でも嘘つきと評判の少年が、事あるごとに「オオカミが出たぞ」と叫んで回って、村人が慌てる姿を笑っていましたが。
 本当にオオカミが出た時、少年が「オオカミが出たぞ」と叫んでも、誰も信じてくれなかった…という。
 嘘つき少年の自業自得…という見方をされるお話です。
 
 (偏見の混じった解釈ですが)裏を返せば。
 「オオカミが来ない」という日常に慣れきった村人が、少年の叫ぶ「オオカミが出た」という非日常に思い至らなかった…。
 たとえ嘘つきの少年が語る言葉であろうとも。
 消えることのない「オオカミが来るかもしれない現実」が在ることに違いはありません。
 そんな現実から目を背けた村人にも、責任があると思うのです。

 「来るわけがない」が当たり前の中で。
 ただ「来る」と叫び続けることは、嘘つきでしょうが。
 その「当たり前」に自ら疑問を持つことは、忘れてはならないことではないでしょうか。 

 嘘つき少年の嘘に踊らされて馬鹿を見たと憤るより。
 何もなかった事に喜びを見出すのも、在り方の一つだろうと思います。



 安定している現在。
 果たしてそれは、安定というべき状態であるのか。
 自分が見て見ぬふりをしているものが、あるのではないか。
 常に皆が心する。
 そんな組織が、強い組織ではないだろうか…。
 などと考えた鈴蘭です。



 …うん。
 今日も訳がわからない形になりました…(´・ω・`)
 というか、イン時間が減ったせいもあって、平日に書けるPSO2のネタがない…;
 一体コレの何処にPSO2の要素があるというのか:

 世はブースト期間中だというのに、TAに一回行く程度だけですしね…。
 半休止と言われても仕方ない状態での、独り言でした。
 
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