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独り言 その壱千九百壱拾六

 大きいだけの鈴蘭です。

 菅義偉内閣がデジタル庁の設立に動き出した…というニュースを見かけました。

 これまで安倍内閣において官房長官の職にあり、組織のNo.2として辣腕を揮ってきた菅義偉氏ですが。
 この難局に、果たしてトップの座に就いて、人を導くことができるものか…不安視する声もありました。
 しかし、こうして自身の方針を示して手を打って行くあたり…やっぱり、ただの人ではありませんね;



 菅義偉氏は、かつて次期首相にと打診を受けた際には『自分には不向き』と断ったとか。
 聞けば、豊臣秀長の生き方に憧れている…と。

 ほほぅ…。
 豊臣秀長ですか。

 農民から天下人にまで上り詰めた稀代の英雄、豊臣秀吉の弟。
 信長の下で各地を転戦する兄に代わって、よく家を守り、また時には兄と共に戦場に立ち…内と外で幾度も兄の窮地を救ってきた人物です。
 たとえ血を分けた肉親であっても、権力を巡って骨肉の争いを繰り広げるのが珍しくなかった戦国の世において、終生、兄の補佐に徹し続け…関白となった秀吉からは『政治は弟に任せているので、何事も相談は弟に』と全幅の信頼を置かれていました。
 それは身内の贔屓目ではありません。
 秀長が統治を任されていた紀伊は、寺社勢力や雑賀衆を始めとする独立勢力が、室町の昔から中央の支配を拒み続けてきた難治の土地。
 旧主信長も度重なる反乱に悩まされ続けていましたが…。
 秀長は法を敷き、税を公平にし、罪を明らかにし、諸勢力と向き合って諸問題を解決。
 秀長が統治している間、彼の治める土地で大きな諍いは起きなくなりました。
 秀長の政治手腕は確かなものだったのです。
 しかし惜しむらくは、果たすべき大仕事を前に病で夭折したこと。
 豊臣政権が短命に終わったのは、内政を司る秀長を早くに失ったから…とも言われます。

 後世の歴史書において、多くの事績は秀吉が成したと記録されていますが。
 それらは、記録には残らずとも、兄を支え、実現させてきた秀長があってこそ。



 …そんな秀長に、ねぇ。



 菅義偉内閣は、安倍前首相の残り任期の間だけの短命政権ともされていますが。
 そんなところまで倣うこともなかろう…と思います。
 この分野では諸外国に比べて遅れていると言われますし…。
 デジタル庁…芽が出ると良いのですが。



■今日のニークス

 _(:3」∠)_
 しくじり…。

 ぶっちゃけるにしても、卑怯な方法を選んでしまいました。
 私の生活において、影を落としている部分であり、ゲームに対する姿勢に影響が無いではないのですが…。
 これは私の都合であり、私が消化すべきこと。
 ネット上での関係は、現実の柵に囚われることなく…と思う鈴蘭です。
 故に、聞くは無作法、語るは無用。
 だと言うのに…。

 うぬ。

 分かる人に分かれば、という私信。

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