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独り言 その壱千八百九拾九

 大きいだけの鈴蘭です。


 シーリングスタンプですか。
 こうした細工ができる人って、凄いですねぇ…。



 封蝋(シーリングスタンプ)と呼ばれる、手紙の中身を人に見られないようにする工夫は、欧州では紙が普及するようになった中世以降に定着したとか。
 古くは、お隣の中国において、木簡を紐で縛り、結び目に泥の塊を乗せて印を捺した封泥(ふうでい)がありましたが…。
 シーリングの古い形に近いのが、この封泥で。
 人類が機密保持の為に用いた最初のシーリングは、古代メソポタミア時代、契約の内容を刻んだ石板を泥で包んで焼き、外を壊さなければ中身を見られないようにするものであったそうです。

 一方の日本では、シーリングの技術は発達していなかったようですね。
 手紙の文化は平安期に貴族を中心に広がり、当時から頻繁に遣り取りがあったようですが、掛紙(手紙を包む紙。現代の封筒にあたる。)に封蝋や封泥のような工夫がされたという話は聞きません。
 まぁ…『手折った枝に文を結わえて渡すのが雅』とか言ってたようですしね…。
 方向性が違っていたのでしょう。

 日本でのセキュリティ対策というと、掛紙の合わせ目に字を書いて『封印』するくらいだったようです。
 今の封緘印や〆の原点ですね。

 何故、こんな違いが生まれたのか。
 日本には、古くから文字に力があるともされていたから…という文化的な理由よりも。
 日本と海外の、国の成り立ちの違いによるものなのかな…と思う鈴蘭です。

 言葉も文化も違う、異民族というものの存在が身近になかった日本においては、手紙を運ぶ人に対する信頼の度合いが海外とは異なっていたのではないか…と。

 お人好しとも言える考えかもしれませんけどね;
 でも、その能天気さが下地にあってこそだと思うのですよ。

 戦国時代、ザビエルがキリスト教布教の許しを天皇に直訴するため、九州から京都まで陸路で旅していたときのこと。
 手持ちの食糧が尽き、街道脇で困り果てていたところ、ザビエル一行を見かねた旅の侍が食糧を分けてくれたばかりでなく、事情を聞き出し、知り合いの商人を紹介してくれ、船で堺まで送ってくれた…という話が残っています。
 こうした体験を元に、ザビエルは日本人を高く評価しており、『これほど人懐っこく、善良な民族はない』と書き残しているとか。

 『間違いないように』

 そう言えば事足りる日本であったから…。



 …っと、話がえらく長くなりました;



 文字に力が…というところで、思い出したのですが。


 こんな技術が出てきたそうです。



 これは電子回路ですが。
 意味ある形…という点で文字に通じるところがあり。
 シーリングスタンプの呟きに、縁のようなものを感じた鈴蘭です。

 我ながら、ちょっと飛躍しすぎかな…?

 VR、ARでの利用とか、PSO2のようなSF的なギミックとか…色々と頭に浮かんだのですけど…。
 いい加減長くなったので、妄想は妄想のままに;
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