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独り言 その壱千七百参拾五

 大きいだけの鈴蘭です。

 大阪は、久し振りに雨の一日となりました。
 夜空を見上げても雲が低く厚く覆っていて、そこに空があるとは思えないほど。

 でも…。

 雲を越えた先には澄んだ空があり。
 星の輝く天があるんですよね…。
 こうして見上げていても、俄には信じ難いものがあります。

 人の身では見ることの叶わない光景、かぁ…。



 古くから人が持つ、空への憧れ。


 今日は、人がその憧れを叶えた日だったそうですね。



 一方で…。


 飛行機の日を前に、姿を消すことになる飛行機の話が。
 光と影。
 世の無常を思わせます。



 光と影…その言葉に、空を見ながら思いついたことを独り言。



 日本で動力飛行機での初飛行を行ったのは徳川好敏・日野熊蔵の二人であると言われています。
 その初飛行の日は12月19日ですが…。
 『華族である徳川好敏に栄誉を』という政治的な理由で『徳川好敏が初飛行を行った日』と記録され、日野熊蔵の飛行については当時は黙殺されていました。
 個人的には、生涯を飛行機械の開発に捧げた日野熊蔵にこそ、とも思うのですけどね。
 発明家であった日野熊蔵は、不遇を囲い貧困に喘ぎながらも研究を続け、戦前から新しい時代の航空機エンジンになり得るとして、ラムジェットエンジンやロケットの開発をしていました。
 資金難が祟ったのか、あいにくと完成には至りませんでしたが…。
 彼が世に認められていれば、日本の航空史はまた違ったものになっていたかもしれません。

 …認められていれば、か…。

 日野熊蔵とは逆に日の目を見た人もいます。
 自身の研究のため、ナチスドイツのバックアップを受けてV2ロケットの開発を主導したフォン・ブラウン。
 彼はロケットで人が宇宙に行けることを夢見て、その実現のためであれば悪魔に魂を売ってでも成し遂げる、という決意があったそうです。
 彼は戦後アメリカの亡命し、後にアポロ計画の中核を担い、夢を実現させます。
 しかし、その決意によって少なくない犠牲を出すことになったのは、後々まで彼の人生に影を落とすことになりました。
 時代がそうさせた…といえば、その通りではあるのですが。
 認められることが幸せなのか、考えさせられるものがあります。



 …ふと。



 ミノス王の迷宮を脱出するイカロスに、ダイダロスは言った言葉を思い出した鈴蘭です。
 『蝋で固めた翼は湿気を含むとバラバラになるから、海面近く低く飛んではいけない。太陽の熱で蝋が溶けるから、高く飛びすぎてもいけない。』…と。

 身に過ぎるからと、低く望むことも。
 身に過ぎるほどに、高く望むことも。

 自身について。周りについて。
 考えが及んでいないという点では同じこと。

 …空を見上げる私が苦手とすることです。
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