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独り言 その壱千七百

 大きいだけの鈴蘭です。

 今日は祝日。
 仕事明けは、アークスとしてフレさんと遊び、チームメンバーと話し…。
 いつもと変わらない、それだけに得難いと感じる時間を過ごすことができました。



 祝日…即位礼正殿の儀、かぁ。



 先日までPSO2でコラボしていた『銀河英雄伝説』において、主人公の一人であるヤン・ウェンリーは一つの疑問を抱えていました。
 『民主的な専制君主と腐敗した民主主義体制、どちらが民衆にとっての幸福であるのか』
 彼は個人の良心に全てが委ねられる政治体制よりも、どれだけ腐敗しようとも自浄が期待できる政治体制にこそ民衆の幸福があると考え、終生、民主国家の軍人としての立場を堅持しました。

 政治を理解する頭を持たない鈴蘭などは、その答えは2つしか無かったのかなぁ…と思ってしまいます。

 現代において、実態はともかく…『王』と呼べる存在は国連加盟国において31人。
 その中にあって、今日の日本が戴く天皇は英訳すると唯一の『Emperor(皇帝)』であり…世界から見る目は、日本人とは違ったものがあるようです。
 世界に残る最後の『Emperor(皇帝)』とする声がある一方で、象徴天皇制における天皇を君主にカテゴライズするのは不適切だという声も。

 …ふむ。

 国民の象徴として、政治的権力を持たない天皇ですが。
 これは今に始まったことでもありません。
 直近で天皇が政治権力を有して親政を行ったのは鎌倉以前のこと。
 鎌倉時代~江戸時代の数百年の間は、武家が政治権力を掌握し、室町以降の天皇は年号の制定、官位の任官、朝敵の指定の3つしか政治的な仕事がなくなっていました。
 しかし、政治的な権力は無くとも、象徴としての天皇の存在は大きく…織田信長は『天皇は年号さえ決めていれば良い』と天皇軽視の発言をし、これが明智光秀の謀叛を招いたともされています。
 明治以降の天皇はドイツに倣った政治権力を持つ存在ではありましたが、天皇自身が政治判断を行うことは禁忌とされており、ポツダム宣言受諾の可否を巡って鈴木貫太郎首相が御前会議の席上『まことに異例で畏れ多いことながら』と断りを入れて、昭和天皇に聖断を求めたくらいです。

 こうしてみると、日本においては長らく諸外国の人たちが持つような『王』というものは存在しなかった…と言えるのかもしれません。
 もしかすると、将軍のほうが王のイメージに近いかもしれませんね。

 …でも、将軍というのも曖昧な存在だったと聞きます。

 征夷大将軍は、朝敵の掃討とそれに伴う事業を統括する役職ですが…。
 この職はあくまで戦時の臨時職。
 平時において政治権力を委ねる職ではありません。
 私などは、鎌倉時代に源頼朝が任命されて幕府を開いて以降、幕府とは政治権力の要であるかのように思っていました。
 ところが、聞くところによると『幕府』という呼び名が使われるようになったのは江戸中期からで。
 それまでは将軍が戦地で指揮を取る陣営…場所を指す『柳営(りゅうえい)』という言葉が使われていたとか。
 …武家に対する朝廷の認識が透けて見えるようです。
 案外、権力を恣にした将軍たちも実際には危うい立場にあった…のかも。
 それこそ『カノッサの屈辱』のような事が起こり得たかもしれない訳ですしね。



 …などという話はともかく。



 私個人は、血統による継承…というものに関心がありません。
 それは、人が鍛え上げた言葉の力は、それを超えると信じているからですが…。
 かと言って、血統を軽んじるつもりもありません。
 なんと言いますか…。
 天皇だから、王だから、将軍だからという訳ではなく。
 それを守り伝えようとする姿に敬意を覚えます。

 ところが、右も左も、それじゃダメだというのですから…。
 誰も彼もが、政治の為に世の中を難しくしているように思えます。



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(C)SEGA

 アークスシップのほうが、よほど明快。
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