独り言 その百六十八

 大きいだけの鈴蘭です。

 人と繋がるということ。
 人の輪の中で、自分と他の人達を結ぶ線が、網の目のようになって関係を築くわけですが。
 この人の輪は、決して平面的なものでは有り得ません。
 …少なくとも、鈴蘭にはそう思えます。

 人それぞれに事情があり、それは重さとなって人の輪に張られた網を歪めます。
 自分にとって重い人…親しい人、仲のいい人、大事な人…ほど歪みは大きく、網は大きく沈み込む。

 自分の思考や意識を一個のボールに例えたら。
 自分から何気なく投げ掛けるそれは、やがて最も重い人の元へと落ち込むだろうと思います。
 それは不自然な事ではないでしょう。
 高いところから低いところへ…ごくごく当たり前の事です。

 では、重い人を人の輪の中に置いたまま、他に重い人を作れるのか。
 作れたとして、意識のボールは正しく届くものなのか。

 これは結局、自分自身の問題になります。
 他人の重さを決めるのも、意識のボールを投げるのも、自分がしなければならない事です。

 ただ…重い人が唯一一人だけ居た人の輪であれば、意識のボールは何処へどれだけ強く投げても、最後は重い人の所に行き着く訳で。
 特に投げ方を覚えなくとも、コミュニケーションに不都合はないのかも知れません。

 しかし、重い人が複数に増えたとすれば。
 投げる先、投げる強さを考えなければ、正しく意識のボールは届かないでしょう。
 
 それは経験の無いことです。
 最初から上手く行くとは限りません。
 上手く行かないからといって、網に乗った重い人を網から切り離したところで。
 そこに出来た穴は、容易には埋まりません。

 受ける相手のない意識のボールは、穴に落ちるだけ。
 それは後悔したところで、戻るものとは限りません。

 ボールが上手く投げられないと嘆くなら。
 切り離すことを考えるよりも前に。
 それを周りに訴えてみてはどうでしょう?
 諦める、終わりにするという前に。
 ダメで元々と開き直ってみてはどうでしょう?


 その重い人は、貴方が持て余してしまうほどに大切に思えばこそ、そこに在るんですから。
 貴方にとっての重さの価値を、切り離す前に思い出してもらえたらと思います。



 …上手く表現できる文才が欲しい…;; 
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コメント

  • 2013/07/10 (Wed)
    01:30
    No title

     いやいや・・・すんなりと頭の中にイメージ出来て、「なるほど流石やな~」と思っていました=△=(あと、こちらのブログではご無沙汰となってしまいましたね;

     んで、「輪」と「ボール」のイメージを頭の中でもてあそんでるうちに、ボールの大きさと重さも重要なんじゃないかと思えてきました。
     ボールが大きければ、輪が歪んでいてもブレは少ないし、窪みに沈み込むこともない。ボールが軽ければ、窪みに沈み込んでも容易に取り出せるし、網への負担も軽い・・・。

     けど大きすぎたり軽すぎたりすると、「八方美人」や「軽薄」になってしまう・・・?う~む、難しい。
     それ以前に、鈴さんの言わんとするイメージから離れていってるかも知れませんが(・△・;

    五橋 #- | URL | 編集

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