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独り言 その百六十三

 大きいだけの鈴蘭です。

 先日、鏡の例えを出しましたが。
 向かい合っている人は、目には見えても、その内面までは見通せません。
 もし目に見えるものがあるとすれば、それは自身が知り得る知識と経験から作った鏡像だろう…と、自分は思っています。
 
 他人に、自分の中にある『この人はこういう人』というイメージ…先入観を押し被せて。
 人付き合いと言いながら、結局は自分に都合の良い他人を作り、その内面に触れる事なく終止する。
 …まるで一人相撲のようです。

 これも距離感…と言えるのかも知れません。
 人の内面を掴むのは容易ではありません。
 求めたところで、理解できるものでも無いかも知れません。
 理解は出来なくとも、内面の推測は出来るかも知れません。

 ですが、その内面の推測は自身の願望であり、期待を写した鏡像に過ぎないかも知れません。

 被せたイメージが、真実その人の姿であるのか。
 それを確かめる為には、言葉を交わすしかありません。

 そこから確固足るものを得るのは難しいでしょうが。
 しかし、難しいからと言って『自分にとっての相手はこれでいい』と妥協を考えるのであれば。
 鏡像は鏡像のまま。
 イメージに隠れた真実の相手は、何れ姿を消してしまうかも知れません。


 人付き合いにおいて、相手に踏み込むこと…深く繋がることを前提に考えるのであれば。
 こうした考え方も出来るかも、と思う鈴蘭です。


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コメント

  • 2013/07/03 (Wed)
    11:13
    管理人のみ閲覧できます

    このコメントは管理人のみ閲覧できます

    # | | 編集
  • 2013/07/05 (Fri)
    02:14
    No title

    どこまで踏み込んでいいのか、どこまでさらけ出していいのやら、どこまでがネタで通じるのか、そのライン引きが曖昧で難しいところですね

    だからこそ、チャットをしながらその人を「考え方、プレースタイルを知る」「見る」「互いに遊ぶ」、って言うのが醍醐味の一つなのかなぁと

    知り合い過ぎて互いに大けがしない距離感…難しいライン引きですねぇ(´ω)
    さらけ出し過ぎて、もはやネタの域に達してる方(肩?w)もいらっしゃいますがw

    うどんに #tHX44QXM | URL | 編集

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