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独り言 その壱千六百壱

 大きいだけの鈴蘭です。

 ホームで電車を待っている中。
 時おり吹く風に、夏を前にした季節特有の涼やかな空気を感じるものの…。
 季節らしい風になりきれない風、とでも言えばいいでしょうか。
 日中、厳しい陽光に晒された地面の熱を纏い…冷たいような、熱いような…不思議な風が吹いていました。

 …まぁ、今日は特別でしたからね。
 この不思議も、不思議ではないのかもしれません。



 全国的に暑くなった今日、北海道では観測史上初となる高温を記録したそうです。

 北海道で40℃近くになることって、あるんですね…;

 北海道というと、夏の訪れが日本で最も遅く、最も涼しく、最も短い…そんな印象があったのですが。
 昨日、大分に夏が訪れたと聞きました。
 そろそろ此処にも、と思ってもいたのですけど…。
 夏が頭の上を飛び越えて、先に北に行ってしまったという…。

 …いやはや、変な天気ですね;



■今日のニークス



 当たり前すぎて、何を言っているのか分からない…という方も多いかもしれませんね、これは;
 自分の右手と左手の区別も付けられないのか、と。
 しかし…咄嗟に『左右がどちらか分からない』というのは、私には覚えのある話です。
 『右にあるよ』と言われて、『右って…どっちだっけ?』という戸惑い。
 その感覚と親しくする私にとって、逆に当たり前に理解できる人は、一体どうやって認識しているのだろうか…と不思議なくらいなのです。

 これを人に説明するのは難しいかもしれません。

 私にも左右の区別はあるのです。
 しかし、きっと…人と比べ、左右の境界が曖昧なのだろうと思います。
 それは何故か、と理由を探してみれば。
 以前にも此処で触れた、文字のそれと同じです。
 閉じた世界に生きていた子供の頃の私が、自身の認識しているものを右、左と人に示す必要がなかったためで。
 その習いが今にも続き、大人になっても私の中にある感覚と、人に伝える言葉が瞬時に結び付かないのからなのだろう…と。

 『右』『左』という言葉に、先ず意味を与え、形を作り、それから私の身の周りのものに結び付ける。

 そんな、人に比べて迂遠な手続きを経て、私の意識は世界と繋がっています。
 …不便?
 さて、それは…どうなのでしょうね?
 迂遠だからこそのことも、あるかもしれませんから。



 この漫画にもありますが…嘘のようなホントの話として、物心ついてからの私に右か左かを指示するとき、『3時』『9時』と言っていた幼馴染を思い出しました。
 …懐かしい話です。

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