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独り言 その壱千五百七拾四

 大きいだけの鈴蘭です。



 今後は偽造防止の観点から、定期的にデザインを変える方針なのだそうですね。
 しかし、渋沢栄一が一万円札の肖像に…ですか。
 昔、伊藤博文が渋沢栄一デザインの紙幣発行を止めたって話があったように思いますが…あれは何が理由でしたっけ?;
 …って、それはともかく。
 日本の義務教育では経済論や経済史の勉強をする機会がなく、渋沢栄一という名前に馴染みのない人も少なくないかもしれません。
 かくいう私も、それほど詳しくないのですが…。

 渋沢栄一は『道徳経済合一説』を打ち出した幕末〜大正期の経済人で。
 東日本と西日本で商業文化に違いがあるのは、東日本経済の形成を西洋的合理主義を導入した渋沢栄一が主導し、西日本経済の形成を旧来の日本の商業文化を継承した五代友厚が主導した為…なんて話もあるくらい、今の日本に大きな影響を与えた人です。
 上記のような五代友厚との比較の話から、渋沢栄一は情に薄い人とも取られがちですが…。
 しかし、渋沢栄一は合理主義者であっても、情を否定する人ではありませんでした。
 むしろその逆です。
 現在の日本の経済を支えることになる多くの企業の設立に携わる一方で、社会全体への奉仕・還元を第一に自身の利益を求めず、同時期の経済人が自身の利益のために財閥を作る中、渋沢栄一はこれをしませんでした。

 『富をなす根源は何かと言えば、仁義道徳。正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができぬ。』

 渋沢栄一が終生持ち続けたこの考えは、彼と親交のあった同時代の文人、三島中洲(みしま ちゅうしゅう:二松学舎の設立者。夏目漱石の師)の唱えた『義利合一論』に通じ、その思想の源は三島中洲の師である山田方谷の『理財論』『擬対策』に求めることができます。



 こうして渋沢栄一がお札になるのなら、山田方谷にもなって欲しいなぁ…。



 実際問題としては、紙幣の偽造防止のため、肖像画に使われるモチーフは複雑であることが望ましいとされており。
 女性がモチーフとして選ばれない理由の一つに、化粧をした顔に特徴が少ないから…というものがあるのだとか。
 同じ理由で写真で顔が残っていない人も駄目らしいですね。
 絵では単純過ぎて望ましくない…と。
 聖徳太子は異例中の異例、ということらしいです。

 絵でしか残っていない山田方谷は無理かなぁ…。
 山田方谷推しの私としては残念無念。



 …しかし、あれですね。



 渋沢栄一にしろ、三島中洲にしろ、山田方谷にしろ。
 こうした形で顕彰することは良いと思いますが…。
 それ以前の、もっとも基本的な部分。
 かつて彼らが何を思い、何を目指していたのか…事績ばかりでなく、志を後に伝える取り組みにももっと力を入れて欲しいものです。
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