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独り言 その壱千五百四拾参

 大きいだけの鈴蘭です。



 この週末はANTHEM、Apex Legendsなどに精を出しました。

 …と言っても…。

 ANTHEMの方は、例によって3D酔いが発生して長い時間はできませんでしたが;
 対してApex Legendsの方の3D酔いは克服出来たようで、先週までは実況動画を見ているだけで目が回っていたのが嘘のように、酔いを感じなくなりました。
 今は5時間近く連続でプレイしても問題無いくらいです。
 他のゲームに比べて慣れる期間が短かったので…やっぱり私の感覚に合っていたのでしょうか?



 ええっと…で、それぞれの内容についてですが。



 まずANTHEMについて。
 このゲームは始めたばかりなので、私から多くをお話できるものがありません。
 しかし、その少ない経験から言っても、PSO2を遊んだ私にしてみると『PSO2で出来たらいいな』が実際に出来る、実装されている…というのは感動でした。
 TPSとして、自分だけのキャラが画面に表示されることに意義を見出す人にとっては、キャラクリの自由度の低さという不満点はあるでしょうが…クエストについては素晴らしいの一言かと。
 特にPSO2では森林を探索するにも、マップの構造的に常に谷間の底を進むかのようになっています。
 それは探索と言っても既知のサーキットを周回するかのような印象があり…冒険、という感覚に乏しかったかと思います。
 しかしANTHEMの場合、『あっちに行ってみよう』と思えば行ける自由があり、好奇心の赴くままに冒険をしているという感覚がありました。
 (PSO2で言えば、ラスベガスが近いと言えるのかもしれません。ビルを越えようと思えば越えられる…その『高さ』への挑戦は、他のフィールドでは出来ません。)
 その点は、このゲームの大きな魅力だと思います。

 …まぁ。

 両者のコンセプトが違うので、単純に並べて比較するものではありませんが…。
 個人的には、その一事だけ見ても遊んで損のないゲームじゃないかなぁ、と。
 ぼんやりとした感想ですが、そんな風に思う鈴蘭です。



 一方のApex Legendsについては…。
 ゲーム性云々を言うよりも、スプラで再三指摘されてきた私個人の問題が、本格的なFPSを遊ぶ上でより顕著に表れてきた…といったところですね;

 特に…。

 今回、改めて指摘されたことなのですが。
 こうしたゲームで、私は『当てよう』としているのが問題のようです。
 このゲームはチーム戦としての要素が強く…3人が連携しなければ、火力差で押し負けてしまう事が少なくありません。
 というか基本的に勝てません。
 勝てない状況に陥らない為には、自身が死なないようにする事が第一となります。
 しかし…私の場合。

 『銃を撃つからには効果がなければ』
  ↳『此処だと遮蔽が邪魔で狙えないなぁ…』
   ↳『あ、此処からなら狙えそう』
    ↳『動くとブレるし、此処で止まって狙いをつけて…』

 …そうして、身を隠す事のできない開けた場所で蜂の巣にされるのです。
 一連の思考の中に、相手の攻撃を避けるという意識がありません。
 勝てるかどうかも分からない削り合いを自分から好んで挑んで、自滅しています。
 これは、不意を打たれて先手を取られたときもそう。
 自分の行動を一歩引いて見ると、無謀としか言いようがありませんが。
 実際に戦っている最中は、そうした考えに至らないのですよ。
 我ながら、どうなっているのやら…。
 まるで別人のようです。

 もうちょっとゲーム中の落ち着きが欲しいものですが…。
 なかなか難しいですね;
 これも慣れ、なのでしょう。



 …まぁ、なにはともあれ。
 ANTHEMもApex Legendsも面白いゲームです。
 良いものに出会えたことに感謝しつつ…これから楽しんでいきたいと思います。



■今日のニークス

  人生無根蒂
   人生は根蒂無く
  飄如陌上塵
   飄として陌上の塵の如し
  分散逐風轉
   分散し風を追って転じ
  此已非常身
   此れ已に常の身に非ず
  落地爲兄弟
   地に落ちて兄弟と為る
  何必骨肉親
   何ぞ必ずしも骨肉の親のみならん
  得歡當作樂
   歓を得ては当に楽しみを作すべし
  斗酒聚比鄰
   斗酒 比隣を聚む
  盛年不重來
   盛年 重ねて来たらず
  一日難再晨
   一日 再び晨なり難し
  及時當勉勵
   時に及んで当に勉励すべし
  歳月不待人
   歳月 人を待たず


 【意訳】
 人生には、根や果実のヘタのようなしっかりしたものが無い。
 まるでただ舞い踊るだけの路上の塵のようだ。
 風に吹き散らされて、身を保つこともおぼつかない。
 そんな人生なのだ。生まれた者は皆兄弟のようなもの。
 血の繋がりにこだわることはない。
 嬉しい時は皆で大いに楽しもう。それでこそだ。
 旨い酒を用意して、隣人たちと飲み明かそう。
 青春は二度はやってこない。
 一日に朝が二度やってこないのと同じだ。
 機会に恵まれたら、精一杯楽しもう。
 歳月は人を待ってはくれないのだから。



 陶淵明の有名な漢詩、『歳月人を待たず』です。
 いつだったか、独り言で呟いたこともありましたね。
 この詩では、時間は有限だから、人生を謳歌するために楽しむべきを楽しみなさい、と歌っています。
 その言わんとすることに共感を覚えつつも。
 異論というか…私には私なりの解釈があり、全てに納得はしていなかったりします。

 確かに歳月は人を待ってはくれません。
 しかし、人は歳月の中で待つことが出来ます。
 青春は二度はやってこないかもしれません。
 しかし、何をもって青春とするのかは自分次第です。

 同じ時間、同じ青春は再びやっては来ないでしょう。
 でも…全く同じものでなければならない道理はないのではないか、とも思うのですよ。
 その一つだけが価値あるものなのですか?
 人のものと並べて比べて、遅いだの早いだの、優劣だのを決めねばならないものですか?
 そうではないでしょう。
 そこにあると思ったら、遅かろうが早かろうが、豊かであろうが乏しかろうが、関係ないと思うのです。

 一日に朝は二度やってはきません。
 一期一会…その気持ちで事に臨むのは大事です。



 でも…だからといって、それだけを見て、その一回で終わらせようとしていませんか…?


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