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独り言 その壱千五百四拾

 大きいだけの鈴蘭です。

 『騏驎も老いては駑馬に劣る』

 戦国策という、古代中国の逸話などを纏めた書物に見られる言葉です。
 幻獣の『麒麟(きりん)』ではなく『騏驎(きりん)』…優れた馬を指したもので。
 年老いれば、どんな名馬であっても駑馬(どば:動きの鈍い駄馬)に劣るようになる、という意味です。
 三国志において…第一次北伐戦でしたか。
 蜀の五虎将最後の生き残りである老将の趙雲が、馬謖の失策によって味方が潰走する中、一人自身の部隊を纏めて粛々と後退。
 趙雲は殿となり、魏の部将と一騎討ちで斬り結ぶことで時間を稼ぎ、部隊を蜀まで守りきりました。
 このとき、魏の部将たちは『かつては騏驎とも称された趙雲も、老いて駄馬に成り果てた』などと嘲笑して斬りかかり、返り討ちにされていたとか。

 この時の働きもあって、後年、趙雲を騏驎と称する名声は確固たるものになっています。





 まさに、老いてなお盛ん。
 これこそ騏驎ですね。



■今日のニークス

 書こう…と思ったのですが。
 昨日から体調が思わしくなく…今日は早めに休むことにします。
 風邪でしょうか;
 思えば、最近は暖かくなったり寒くなったりと落ち着きのない天気でしたし…。
 皆さんも体調にはお気をつけて。



 …というわけで、使おうと思ったネタだけをここに。



 犀川という川のほとりに、小さな村があった。この川は毎年秋の大雨になると氾濫し、村人を困らせていた。この村に弥平という父親とお千代という娘が二人で暮らしていた。お千代の母親も先の洪水で亡くなってしまっていた。

ある年の秋、お千代は重い病にかかるが、貧乏な家なので医者も呼ぶことができない。お千代はかつて一度だけたべたことのあるあずきまんまが食べたいと言う。小豆を買うお金のない弥平は、地主の倉から米と小豆を盗んで、お千代に食べさせてやった。その甲斐あってか、お千代はすっかり良くなった。お千代は父親が畑仕事に出かけているあいだに、手まり歌で「あずきまんまたべた」と歌ってしまう。

その夜からまた雨が激しくなり、村人たちは咎人を人柱にしようと相談しあった。そこでお千代の手まり歌を聞いた者が、弥平が地主の倉から盗みを働いたことを話すと、弥平は役人にひったてられて、人柱として川のほとりに埋められてしまった。お千代は何日も何日も泣き続けたが、ある日ぴたりと泣きやみ、それ以後一言も口を聞かなくなってしまった。

それから何年もの年月が流れた。猟師がキジの鳴く声を聞いて鉄砲で撃ち落とした。キジの落ちたところに向かうとお千代がキジを抱いており、「雉よ、おまえも鳴かなければ撃たれないですんだものを」とつぶやく。お千代は自分が手まり歌を歌ったばっかりに父親を殺されてしまったことをキジに重ねてそう言ったのだ。それ以後、お千代の姿を見た者はいない。

      【まんが日本昔ばなしデータベース『キジも鳴かずば』より





 _(:3」∠)_
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