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独り言 その壱千五百参拾参

 大きいだけの鈴蘭です。

 『ピックですけど…また何かまざってません?』

 …言われて、先日のスプラの振り返りの文章を読み返して…。
 『ピック』と『ポーク』と『ハラス』が混ざってしまっている事に気が付きました。
 せっかく教えて頂いた知識のインデックスを貼り間違うばかりか、内容まで…。



 …いやはや。



 この独り言を見て下さっている方々から、ご指摘を頂くこともあれば。
 『文章力がありますね』
 …などと褒めて頂けることもあります。
 しかし、正直なところ…私自身は文章力などというものがあると思っていません。
 そんな風に評価されても『冗談でしょう?』と。
 いつも、自分で書いたものを見て『人に伝える力が無い』と感じており…『これでいい』と満足したことなどありません。

 …そういえば。

 皆さんは、ご自身が読み書きを始めた歳を覚えておいででしょうか?
 いつ、どのタイミングで読み書きが出来るようになったか。
 改めて思い返してみても、明確でない人…というのも少なくないかもしれません。

 通信教育事業などを展開するベネッセの統計では、子供のひらがなの読みは3歳で21%、6歳で90%の割合で出来るそうで。
 書きは3歳で2%、6歳で76%の割合で出来るそうです。
 小学校に上がる前に、ひらがなの読み書きが出来るようになる子が多いという事ですね。

 …その統計に比べると、私は習得が遅い子供でした。

 確か、自分で書けるようになり始めたのが8歳くらいだったでしょうか。
 初めて文字を書いたのは、小学校入学の際に学園長先生の前で書いた自分の名前。
 前日に、親に『こう書けばいいから』と教えられ、書いたのが最初です。
 しかし…その文字は文字として書いたのではなく、親の描いた絵を写したというに相応しいもので。
 書いた当人である私は、それが文字だとは認識していませんでした。
 文字というものを知らなかった訳ではありません。
 それまでの私は、私だけが読める文字を使っていました。
 『PEANUTS』に登場するスヌーピーの親友、ウッドストックの話す言葉そのままの『・・・』という文字を。
 当時の私の世界で暮らすには、その文字と絵があれば事足りたのですね。

 そんな私が文字を覚えるといっても、簡単ではありませんでした。
 そもそも、何故、文字が必要なのかが理解できなかったのです。
 『人に伝えられなくとも、自分が分かればそれでいい。』
 子供の頃の私は、そう思っていたようでしたから。

 どのような心境の変化があって、人と人との間を繋ぐ記号を必要とするようになったのか…それを私は覚えていません。

 …たまに思うのです。
 もしかすると、私がこうして書いている文字は…今も子供の頃の私の文字と、なんら変わりがなく。
 人から受け取ることも。
 人に伝えることも。
 子供の頃から変わらず、無関心のまま。
 私の文章が良く見えるのは、絵を仕上げるように、文章の形を整えているだけで。
 その中身…大事には考えが及んでいないのではないか。
 果たして果たしは、私の知っている文字を、相手と同じように知っているのだろうか。

 …まぁ、その辺もあり…。

 私は、自分の書くもの、受け取るものに疑いを持っています。

 

 ただ…。
 その疑いも形ばかり…なのですね;
 大事、大事と言い聞かせるようにしていても、こうして意味を取り違えてばかりとは。
 本当に、いやはや…です。
 これでは、言葉を向けてくださる方に申し訳ないですね…。



 …って、あぁ…なるほど。



 かつての私は、こうして文字を覚えたのでしょうか。
 今のそれもこれも、結局のところ繰り返し…だったのですね;



 さて、今日から4連休なのですが…。
 ちょっと体がだるいので、まったりお休みモード…でしょうか。
 褐色集会に、スプラ、イドラ、アズレン等々出来る限りやりたいですけどね;
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