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独り言 その壱千五百弐拾六

 大きいだけの鈴蘭です。

 前にも触れたことがありましたが…歴史上の人物の中で好きな人を何人か挙げるとしたら、その中に『蕭何(しょうか)』が入る鈴蘭です。

 蕭何は劉邦に付き従って前漢の建国に寄与した人物で。
 高位の人物、英雄は文武両道であることが求められた乱世の古代中国においては珍しく、武将としての働きが全く無い人です。
 中国統一が成った後の論功行賞の場において、劉邦から一番の功労者として讃えられたものの…『コイツは一度も戦場に出ていないではないか』と武将達から反発を受けたという逸話が残っています。

 …このとき、武将たちは蕭何の働きに気付いていなかったのです。

 劉邦という英雄は、非常に戦争が下手な英雄でした。
 同時代の英雄である項羽とは対照的に、何度も戦争で負け、コテンパンにされています。
 しかし、どれだけ酷い負け戦で軍勢が疲弊しても、その度に蕭何が食料や武器、兵員を都合して軍勢を立て直し…遂には劉邦に中国統一のチャンスを掴ませたのです。
 武将たちは、戦場での自身の華々しい活躍こそが讃えられるべきだと考えていたのでしょうが。
 その活躍を支えていたのは、他でもない蕭何の兵站だったのですね。

 劉邦が秦の首都を攻略した際、劉邦自身は美姫を求めて後宮に向かい、武将たちは財宝を求めて金庫に向かう中、蕭何は一人、書庫に向かって徴税記録や戸籍謄本を手にして喜んだと言われています。
 蕭何は兵站の重要性を理解し、それを絶やさないことが自分の役目と心得て、華々しい表舞台には立つこと無く、裏方に徹して生きた人でした。
 家に上がって床の上に胡座をかいている武将たちが、縁の下で支える蕭何に気付かず、『蕭何よりも自分こそが』と勘違いしたのも無理のないことかもしれません。
 …そんな武将たちと蕭何を表すような言葉があります。

  『戦争のプロは兵站を語り、戦争の素人は戦略を語る』

 これは戦史や軍略を扱う書籍において訓戒として用いられる言葉です。
 私のような素人は、何もないところにゼロから戦略を立てるものと考えがちですが。
 実際には、兵站の許す範囲内でのみ戦略は実現し得る、という絶対的な前提があります。
 兵站を無視して立てる戦略は戦略とは呼べません。
 それは妄想や博打と言うに相応しいものでしょう。

 得てして、博打のような戦略を立てて成功させた武将が名将として名を残すもので。
 素人は、そうした戦略に魅力を感じたりするものですが…。
 本当の名将は、博打のような戦略を立てたりせず。
 素人の目にツマラナく映る戦略こそ、本当に優れた戦略なのでしょうね。



 先日、スプラについてお話を伺う中、『ポーク』『バイトベイト』『カイト』といった用語を教えて頂き。
 その言葉を頼りに、自分でも調べてみて…。
 こうしたサイトを見付けました。
 ゲームこそ違いますが、用いる技術に差はないでしょう。

 目にするそれらは、理屈は理解できるものばかり。
 別段、特別なものは無いようにすら思えます。

 …うん。

 私がそう思うということは、大事であること…なのでしょうね。



 続きの月曜のスプラの日の反省は、また明日にでも。
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