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独り言 その壱千五百五

 大きいだけの鈴蘭です。




 キャッシュレス化…ですか。
 お賽銭まで電子決済に対応とは…時代の移り変わりを感じます。
 小銭の持ち合わせが無い人の手間を省こう、という事ですが、近年増えつつある地方を訪問する外国人観光客への対応が、寺社側でも負担になっている…というのが背景にあると思われます。



 …ふむ。



 このニュースに少し引っ掛かりを感じた鈴蘭は、ここでネットを検索。
 日本国内の多くの神社を包括する神社本庁のホームページに、お賽銭についてのこんな説明があるのを見つけました。

お賽銭の意味や起源には諸説があります。現在では神社にお参りすると、お賽銭箱に金銭でお供えしますが、このように金銭を供えることが一般的となったのは、そう古いことではありません。

もともと、御神前には海や山の幸が供えられました。その中でも特に米を白紙で巻いて包み「おひねり」としてお供えしました。

私たちは祖先の時代から豊かな自然に育まれ暮らし、秋になるとお米の稔りに感謝をして刈り入れた米を神様にお供えしました。こうした信仰にもとづき、米を「おひねり」としてお供えするようになったのです。しかし、貨幣の普及とともに米の代わりに、金銭も供えるようになりました。

そもそも米は、天照大御神がお授けになられた貴重なものとされ、人々はその大御恵おおみめぐみを受け、豊かな生活を送ることができるよう祈ったのです。現在でも米をお供えする方もいますが、金銭をお供えすることも、この感謝の気持ちには変わりはありません。

お賽銭箱にお金を投げ入れるところをよく見かけますが、お供物を投げてお供えすることには、土地の神様に対するお供えや、祓いの意味があるともいわれています。しかし、自らの真心の表現としてお供えすることなので、箱に投げ入れる際には丁重な動作を心掛けたいものです。



 …なるほど。

 金銭をお供えするようになったのは最近の事だったんですね。
 古くは豊かな生活を送る糧を授けてくれた神様に、お返しをするもので。
 供えるものが変わっても、神様への感謝に変わりなく。
 それが何であれ、真心を表現するものであれば構わない…と。

 電子決済でお賽銭をあげるのも、それが真心からのことであれば、問題なさそうですが…。
 ただ、電子決済化によって、真心の表現方法が金銭に限られてしまっていることが、個人的に引っかかっています。
 寺社側の管理の都合という、世俗的な理由から金銭を指定しているかのようで。
 いかに世相を映してのこととはいえ、『恵みへの感謝』という真心から離れてしまっているようにも感じられ…。
 これでいいと思いつつも。
 これでいいのかと思ってしまう鈴蘭です。

 大事なものって、何なのでしょうね…?
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