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独り言 その壱千四百八拾参

 大きいだけの鈴蘭です。




 また台風ですか…。
 気象庁のホームページに、過去の台風の年間発生個数の一覧が出ています。

 『11月も終わろうかというのに、台風?』
 『今年は随分と多いなぁ…』

 …などと思ってしまいましたが。
 年の発生個数で見れば、今年が特別多い訳でもありません。
 大きい台風が関西を直撃し、私の中で強く印象に残っているからこその錯覚…でしょう。



 …って、この話は26号だったかの発生でも言った気がしますね;



 流石にこの季節ともなると極圏からの寒気が日本上空を覆っており、台風といえども近付けないようで…。
 発生当初こそ日本を目指すかのように北上していましたが、今は寒気の縁に沿って西に進路を変えています。

 お陰で、季節外れの台風に天気を乱されることもなく。
 今夜は綺麗な満月の夜となりました。
 ウサギの名を持つ台風が齎してくれた満月と思うと…何やら有り難みがありますね;



 しかもこの満月は、旧暦の1018年10月から数えて丁度1000年目に当たる満月だそうで。
 1000年前、この満月を見上げて藤原道長は『望月の歌』を詠んだと思われます。



  この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の

  欠けたることも なしと思へば




 …一度は何処かで聞いたことのある歌ではないでしょうか?
 学校の教科書などでは、栄華の絶頂にあった藤原氏の権勢を満月に例えて誇った歌とされ、道長の権力欲の象徴のような扱いを受けていますが…。
 でも実は、それはこの歌の一面に過ぎず。
 他に違う解釈ができる、謎のある…面白い歌だったりします。

 この歌は藤原実資(ふじわら さねすけ)が書き残した日記『小右記』に収められています。
 実資は道長が権勢を誇った当時に生きた貴族の一人で、彼の家は広大な領地を持つ大貴族でしたが、彼自身は権力や富に阿ることのない性格だったらしく…道長の政治能力を高く評価しながらも、その手法には批判的で道長とは距離を置いていたようです。
 実際、『小右記』の中には道長を辛辣に批判した記述が幾つも見られます。
 しかし道長は、自身に批判的な実資の態度に裏表のない誠実さを見出していたようで、宮中に『道長の病気が重いことを実資が喜んでいる』という根も葉もない噂が流れた際、実資は『こんな噂が流れてしまっては、自分の運命もこれまでか』と道長からの処罰を覚悟したそうですが、道長は『実資はそんな人間ではない』と噂を信じず、逆に噂を立てられた実資を気遣ったのだそうです。

 そうした二人の関係を踏まえて、『小右記』の中の『望月の歌』が詠まれた場面を見てみると…。

 道長の三人の娘が天皇家に嫁ぐという、未曾有の出来事を祝う宴席が設けられ、その席上で酒に酔った上機嫌の道長が、実資に『少々誇ったように聞こえるかもしれないが、今から歌を詠むので返歌を返してほしい』と声をかけます。
 実資の『必ず返しましょう』という返事を聞き、道長は『望月の歌』を詠みます。
 これを聞いた実資は『あまりに素晴らしい歌に返歌を思いつけません。代わりに、この場にいる皆で唱和して讃えたいと思います』と返し、宴会の出席者全員で唱和して道長を讃えました。


 一説には『望月の歌』に道長の驕りを感じた実資が反発して、わざと返歌を返さなかったのだ…と、いわれていますが。
 実際に実資が『望月の歌』を聞いて何を思ったのかについての記述は、『小右記』に無いそうです。
 その一方で、この歌を詠んだ当の藤原道長は自身の日記『御堂関白記』において、『望月の歌』についてこう書いています。

  『宴会の席上で歌を詠んだ』

 …この、たった一文だけ。
 自身の気持ちどころか、詠んだはずの『望月の歌』の一片も収められていません。
 我が世の春を謳歌する人物の、晴れがましい出来事を書いたものとは思えない、無味乾燥なものです。
 個人的には、ここに少し引っかかりを覚えます。
 相容れないところがあったとは言え、認め合っていた二人の間での出来事なのです。
 なんというか…もっと書き立てていても不思議ではないと思うのですよ。
 感じ入ったことなら、感じ入ったことなりの。
 気に入らなかったことなら、気に入らなかったことなりの。
 逆に、書いていないからこその何かがあるように感じられます。

 実は既に病気がち(重い糖尿病だったと言われる)であった道長は、この歌を詠んだ翌年には出家して一線を退いています。
 もしかすると道長は、この歌によって自身の権勢を誇るのではなく、これから欠けてゆくだけの満月と病身の自身を重ね、複雑な心境を吐露していたのかもしれません。
 そして、それを察した実資は、或いは…道長の政策を批判する自分自身が直接は口にできない、励ましを贈ろうと皆の口を借りたのではないか。
 …などと思った鈴蘭です。



 日記にも書かれていない、1000年前の出来事です。
 二人の間に何があったのか…今となっては分かりません。
 こうして、そこに在ったかも分からないものに思いを馳せる。
 それは妄想と呼ぶべきものでしょう。
 でも…。
 或いは、そんな妄想が故人を慰めることになるのかも…?

 …というのは、都合のいい言い訳ですかね;



 しかし…。
 この二人も、1000年後の人間に日記を元にアレコレ詮索されるとは思ってもみなかったでしょうね…;




■今日のニークス



 …こっちの内容を少し厚めにしようと思ってたのですが…。
 前段がやたら長くなってしまいましたね;

 んー…。

 とは言え、これは書いておきたい所。
 今日は仕事がお休みですし、変則ですが夜にもう一回、この記事に手を加えようとおもいます。



 …では改めて。



 『アズールレーン』では、コラボ企画が始まりました。
 運営がファンだということで、アクアプラスの『うたわれるもの』とのコラボです。
 『ボトムズ』とコラボしたり…運営はこの機に乗じて趣味に走ってますね;

 このイベントでは、コラボキャラの一人が先行してプレイアブルキャラクターとして入手できます。
 しかし、これは仮のもので、イベント開催中に特定の条件…仮入手したキャラクターの好感度を一定以上にする…を満たさないと、イベント終了後に没収されてしまいます。
 『グランブルーファンタジー』にも同じシステムがありますね。
 他のゲームを知らないのですが、こうしたものは一般的なのでしょうか…。

 まぁ、そこは良いのです。

 問題は、この仮入手したキャラクターの好感度を上げる方法について。
 公式アナウンスでは上記にもあるように『海域の敵中枢艦隊を撃破することで「友好度」を貯め、「友好度累計獲得数」報酬でアイテムを入手し』とありますが…。
 私は、この説明を読む際に頭から『仮入手したキャラクターを使って』という前提を付け足して読んでいたのですね。
 なので、『イベントを進めようにも編成が面倒だなぁ…』と一人で勝手に悩んでいたのです。
 でも実際には、書いていないことは必要のないことで。
 クエストに出てボスを倒せば、仮入手したキャラクターがパーティー内にいようがいまいが関係なく好感度が上がる…ということだったのです。
 何事につけ、書かれていない部分を深読みして決めつけてしまい、単純なことも難しくしてしまう私らしい間違い。

 前段のように、過去に思いを馳せてアレコレ考えるには良いでしょう。
 ルールを読み間違え、私一人が苦労する分にも…まぁ、自業自得です。
 しかし…。
 人との間にあっては、してはならない間違いです。

 書かれていないから、言葉にないから。

 …それで勝手に決めるのは傲慢というものでしょう。
 


 最近、『アズールレーン』のチャットを見ていて、疑問に思うことが増えました。
 その発言は、そんな傲慢から来ていないか?
 この発言は、そんな傲慢から来ていないか?
 言葉はなくとも、見ている人は居るというのに。
 目に見えなくとも、ルールはあるというのに。
 そうしたものを自身の都合で決めつけて、ないものとしてしまってはいないか。

 他でもない私自身がしがちな勘違いや逸脱。
 それが誰かを呆れさせ、傷つけてはいないか…心配になった鈴蘭です。
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