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独り言 その壱千四百六拾弐

 大きいだけの鈴蘭です。



 ネットスラングも収録…ですか。
 なかなか面白そうな辞書ですね。

 …ただ、個人的には言葉そのものよりも、ネットでのこうしたスラングの広まり方、定着のし方に興味があったりします。

 現実においては地方地方に『方言』というものがありますが。
 あれは、かつて日本の中心であった京都から、どのようにして文化が広まっていったのかを示す足跡のようなもので。
 方言の在り方を調べれば、日本の変遷を知ることができます。

 ある時代、京都で流行っていたものを見聞きした行商人が、故郷に帰る道すがら『今の京都ではこんなものが流行っていてな?』と得意げに話して回り。
 それを聞いた地方の人は『なるほど、これが今様か』と真似る…その繰り返し。
 必然、京都から離れれば離れるほどに時間がかかり…人の間を伝わる中で人に合わせて形が変わり、方言となったのです。

 昔は人の歩く速さ、人の話す速さで文化が広まっていったのですね。

 しかしネットでは、そうした距離はありません。
 現実には遠く離れた場所であろうとも、情報は一瞬で正確に伝わります。
 方言の在り方を思えば、ネットであれば方言のような違いなど生まれないようにも思えますが…。
 しかし、実際には方言…スラングというものは無くなりません。

 ネットでだけで通用するスラングとして、ネットスラングはありますが。
 そのネットスラングにしたところで、ネットであればどこでも通じる言葉…というわけでもなく。
 通じる言葉、通じない言葉があるのは面白いものだと思います。

 結局、どのような形であれ、人が使う言葉であることに変わりがない、ということなのでしょうね。

 どこまでも広いようでいて、どこまでも狭い世界。
 何を好むかによって、どのようにでも変わる世界。

 自分に興味のない場所に近寄ることなく、目的のものだけを手にすることが出来るのがネットというもの。
 どんなことでも、知ろうと思えば一瞬で知ることが出来ます。
 しかし、知ろうと思わなければ、永遠に知ることはありません。

 ネットに距離など関係ない。

 確かにその通りです。
 でも、実際に使っている人の行動を見れば…。

 ネットも距離も関係ない。

 …そう思える鈴蘭です。



■今日のニークス



 いろんなゲームがあるんですねぇ…。

 PSO2にしろ、アズレンにしろ…チャット機能のあるゲームで人の話に耳を傾けていると、少なくない人が複数のゲームを掛け持ちしながら、それぞれをやりこんでいる様子が伺えます。
 驚くのは、そうした人の多くが、それら全てに秀でていること。
 あらゆるものの使い方が下手な私などからすれば、ほんと…よくもまぁ…と、感心するばかりです。 

 それだけのエネルギーが、一体どこから湧き出しているのか。
 それだけのエネルギーを傾けて、一体どこに向かおうというのか。

 それを不思議に思う私はというと…。
 こう…例えばの話ですが。

 山を登っていて、途中で思いがけず見晴らしのいい場所を見つけ。
 腰を下ろすのに丁度いい石まで見つけることができたので、腰を下ろして一息ついて。
 そこから見える景色を飽きることなく、ただただ眺めて過ごし…。
 時間を忘れて眺めているうちに、風が吹いて寒く感じることもあれば。
 時には雨まで降り出すこともありました。
 しかしそれでも、この景色が好きだから…と。
 それらに構うことなく、景色に見入っています。

 山頂はまだ先にあるというのに、途中で腰を下ろして動かず。
 ぶっきらぼうに『これでいい』と断りを入れる私は、無粋な存在にも感じられ。
 山頂へ向かう人達の話し声を耳にしながら、むっつりと景色を眺め続けている…。
 そんな鈴蘭です。



 なんのかんの言って、ようは動くのを面倒がる怠け者なのですよ、私は;
 昨日の今日でいけませんね、これは。

 あれもこれもと手を出せるほど器用ではありませんが…。
 目について気になったのも、何かの縁でしょう。
 折を見て、この『プレカトゥスの天秤』というタイトルに触れてみましょうかな。
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