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独り言 その壱千四百壱拾七

 大きいだけの鈴蘭です。




 …あ、台風の影響は無かったみたいですね。
 良かったです。
 この日の為に、昼夜を問わず努力してきた人も少なくないでしょう。
 そうした人たちの夢が叶う機会が失われずに済んで、何よりと思います。



 私はコミケなどの催しに行ったことがなく…こうして開催の知らせを聞いて、そこに集う人たちの事を遠くから思うばかり。
 お祭りを遠目に眺めて過ごすのは、いつものことな私ですが…。
 人は、その私の姿に何かを見るのでしょうか。
 そんな私に『行けば良いのに』と、言います。

 見に行くにしろ、参加するにしろ。
 そこで得るものが、きっとあるだろうから…と。
  (コミケの基本精神に則れば、すべての人が分け隔てなく『参加者』だったはずですから…この言い方には語弊がありますが;)

 その言葉は理解できます。
 そして、その正しさも分かるつもりです。
 そこには確かに得るものがあるのでしょう。
 …ただ…どうなんでしょうね…。
 そう思いつつも、疑問に思うのです。



 私は、あの場所を理解できるもの…でしょうか?



 例えば、絵。
 好んで落書きなどをし、たまに此処に挙げたりもしましたが…。
 私は誰かに認められたくて描いているという訳でもありません。
 いえ、誰かに認められたいという思いはあります。
 ただ…その『誰か』というのが私の場合、不特定多数を指すものではなく…ごくごく限られた、特定少数を指していると思います。

 世間の人に才能を認められて、それを仕事にして生きていく。
 一芸に秀でた人であれば、誰もが一度は夢見るものでしょう。
 私も、そうして生きられることが、幸せの一つの形だと思います。

 ただ、私の場合…それは、きっと出来ないでしょうね;

 私は視野の狭い、短慮な人間です。
 不特定の誰かに認められる、ということが理解できません。
 文字通り、自分からは見えない所に居る人にまで考えが及ばないのです。

 より多くの人に知ってもらいたい。
 より多くの人に認めてもらいたい。

 そうした想いを力に変えて、目標に向かって努力する。
 きっと多くの人がそうなのだろうと思います。
 しかし、私自身がそれを、となると…正直、よく分かりません。
 私のような人間には、見えないもの、考えもつかないものなど望みようがなく…。
 極端な話、そこに価値があるものなのかが分からないのです。



 果たして…。
 そんな私に、あの場所を理解できるものでしょうか…?



 自分の好きなことをして、日々の成長の喜びを誰かと分かち合う。
 …ただそれだけでは、名が世に出ることはないでしょう。
 そして、この世の中…それでは幸せにはなれない、ダメだと言われます。

 …そうなのかなぁ…?

 世に名が出ずとも。
 世に認められずとも。
 誰か一人でも、分かってくれる人がいるのであれば。
 それも幸せの一つの形なのではないのか、と思う鈴蘭なのですが。

 大望がない、と言われますか?
 やっぱりこれって…世の中と逆、なんでしょうか…?



 …って、ワケのワカラナイことを書き連ねて…なんだかこれでは、煙に巻いてコミケに参加している人をネガティヴに貶しているように感じられますかね;
 決してそんなことはないのですが…;

 私には出来ないことに真摯に向き合う人の姿には、素直に感動を覚えます。
 コミケなどは特に…単純なお祭りとも違い、それは『邯鄲の夢』の夢を見るかのよう。
 そこには人のあらゆるものが詰まっているように思えます。
 …。
 ああ、そうですね…。
 そんなものを…夢を実際にこの目で見る機会など、あるものではありません。
 或いは、その夢を通じて違いを知る…それが経験できる場所、なのでしょうか。

 …改めて読み返してみたところで、言いたいことが不明瞭な…まさに独り言。
 明日からはお盆休みで、金土、月火、金土日の飛び石連休を頂きました。
 暑さで茹だった頭を冷やしますかね…;
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