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独り言 その壱千参百九拾参

 大きいだけの鈴蘭です。




 発想と見た目に、思わず『いいね!』を押してしまいました。
 犬派の私にとっては、『肉球』というと硬い印象があり、猫派の皆さんが虜となっている感触そのものへの執着は薄いのですが…。
 いやいや、見た目がいいですよ、これは。
 押したときに肉球が『ふにっ』と凹むとか…キーとしてどうなんだ、という疑問はもっともです。
 私もそこは分かっています。
 ですが、道具としての利便性は、この際、脇に置いておきましょう。
 ここまで来たら、趣味に走るべきと思いますしね;

 どこまでも『らしく』あればいいと思うのですよ。

 商品化は検討中ということで、Twitterでの反響の度合いを見て決めるそうです。
 興味のある方は、是非。



■今日のニークス




 心理学の実験だったと思いますが…。
 迷子になったことのない子供に『昔、迷子になったのを覚えていますか?』と尋ねると、子供は当然のように『迷子になったことが無いから分からない』と答えます。
 ですが、面談を重ね、同じ質問を繰り返していくうちに、子供はふと『思い出す』のだそうです。
 『そういえば、迷子になって泣いていたところを、お巡りさんに家まで連れて行ってもらったことがあるよ』と。
 こうした現象は子供に限ったことではなく。
 警察が事件の目撃者から調書を取る際にも、聞き取りを続けるうちに当人が見ているはずのない犯人の姿を『思い出す』ということがあるそうです。

 …これは、人の記憶というものが如何にあやふやなものであるかを示すお話です。
 人の記憶というものは、体験した瞬間に確固とした形が作られ、それが変わることなく脳内に保持される…というものではありません。
 人が生きている限り、新たに経験した情報で常に記憶は上書きされていきます。
 
 極端な話…。

 自身の考えるように、自身の記憶の中にあるものは形が変わっていくのです。
 『こう在りたい』、『こう在るべき』と望むのであれば、そのように。
 『こうあって欲しくない』と望むのであれば、そのように。
 記憶は人の心が作るもので…機械がデータを記録するのとは訳が違うのですね。

 上のTwitterの診断メーカーの結果は、ランダムで生成されたもので…蓋然性はありません。
 しかし、この中にある幾つかのキーワードから…。
 私の『こう在りたい』『こうあって欲しい』という望みが、キーワードに沿った記憶を作り出します。

 そして、私は思うのです。



 『ああ、確かにそういえば』…と。



 …そんな都合のいい記憶は信用ならない、と思われますか?
 確かに、そうかもしれません。
 ですが…それは自身を変えていく力ともなるもの。
 いえ、自身だけではなく、世界をも変える力です。

 私達が見て、記憶して…そうして初めて世界は私達の中で形を持つのです。
 信じることができれば、私達が望むように見えるはずなのですよ、世界は。



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                            (C)SEGA


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