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独り言 その壱千参百六拾六

 大きいだけの鈴蘭です。

 今週は三連休でした。
 振り返ってみれば…特に何をするでもなく、ぼんやりとしていただけの休日だったようにも思います。
 休日前にはアレをしよう、コレをしたい、と考えていた筈なのですが。
 いつもながらに掛かりの遅い自分を省みて、勿体無い事をしたなぁ…と。
 …いえ。
 時間を贅沢に使ったと思えば、これはこれで良いのかもしれませんけどね。

 ただ、最近…。

 目が疲れているのか、モニター画面を見ていると視界が霞む、ぼやける、或いは目の奥が痛む…といった事があり。
 レベリングや武器掘りで活気づいているPSO2では、幻惑の森のマルぐるが流行りだと思いますが…。
 ああした場所で長時間、集中して遊ぶのが辛くも感じ、ログインはしても時折チャットを確認する程度で、クエストには行かない…ニークスというよりも、地蔵とでも言うべき有様な鈴蘭です。

 ペースが掴める相手とのクエスト(なんとなくでも動きがわかっている分、目を離せるタイミングが分かる)や、スプラトゥーンのように短い間隔でインターバルが入るゲーム、アズールレーンのように『ながら』で遊べるものならば、別段問題無いのですけどね;
 いやはや…歳でしょうかねぇ…;



 …と、まぁ、それはいいとして。
 そのアズールレーンで…。






 ゲーム内のキャラクターに声を宛てている声優さんがレポーターとなって、上海にある開発会社を訪問するという企画の番組が放送されていました。
 いや、まぁ…。
 番組内で登場した会社の風景を見るに…若い人たちの新しい会社、という感じでしたね、まさに;

 これからも、この雰囲気を保っていってくれるといいのですけど…。
 どう、なんでしょうね。
 お国柄として、中国では一つの事業の為に会社を興し、事業が終われば会社を畳んでしまう…ということが珍しくないとかで。
 日本のような『老舗』というものが、思ったほどないのだそうです。

 …こんな心配は、それこそ杞憂と笑われるかもしれませんが。

 せっかく、良いものを作る会社となったのですし…長く続けてほしいな、と。
 番組の主旨であるゲーム内容の話よりも、そんなことを気にしていた鈴蘭です。



■今日のニークス






 …これはネタのTweetですが。
 ただ、その中で触れている『日本の教育』と『インドの教育』の部分は、よく引き合いに出される例え話だそうで。
 私は知りませんでしたが…インドのそれは、格言としてあるのだそうです。



“When you cannot ask for help without self-judgment, you are never really offering help without judgment.”

「あなたが人に助けを求める時、自分自身を裁いてしまうのなら
あなたが人を助ける時、その人を(内心)裁かないではいられない」

迷惑をかけないという態度は迷惑をかけた後の結果を避けたいという考えに近い。
迷惑をかければ当然その後に借りができる。
借りを作るくらいならそうなりそうな要因を取り除いておいた方がいい。
そこで他人に迷惑をかけないという結論が導き出される。
相手と自分との間にいかにももっともらしい垣根を作る。
常識を盾に取り、定規で引いたようなきっちりとした線でお互いを隔てる。
これを冷たい生き方と呼ぶのは言い過ぎだろうか?

さらに困るのは、迷惑さえかけなければあとはどうしようと構わない、文句を言われる筋合いはない、という態度である。
これは他人を完全に無視する姿勢にもつながってくる。
このあたりにも冷たさの一端が顔をのぞかせる。
            出典:ユダヤ人最高の知恵



 まとめサイトに引用としてあったものですが。
 これを読んで、『ああ、なるほど』と思った鈴蘭です。

 私は、『人に迷惑をかけない』ということを、『人と関わらない』ことで実現していますが。
 関わった人に対しては、出来るだけ借りを作らないようにしようと考えています。
 ただ、実際のところ、貸し借りの関係というのは主観の問題でもあり…ままならず。
 返すアテがないのに借りばかりでは、相手に申し訳ない。
 これでは関係として成り立たない…と、負い目ばかりを感じているところがあります。

 インドの人の話だと…全く違うのだそうですね。

 『迷惑をかける』
 『迷惑をかけられる』

 その循環が人の関係を豊かにするのだから、積極的に関わりなさい…と。
 インドを旅行した人の体験談として、町中での喧嘩に通行人が仲裁に加わり…その規模が見る間に膨れ上がり、大騒ぎになったのを見かけ、その場にいた人に『なんで関わるの?』と聞いたところ。
 『インド人は迷惑をかけられるのが好きなのさ』と答えられ、驚いたのだとか。

 それは素晴らしいことと思います。
 しかし、私には…ちょっと真似できる自信がありませんね;
 『じゃぁ、よろしくおねがいしますね』と相手に寄りかかるのは、なにか違う気もしますし。
 やはり、どうしても『迷惑をかける』ということに、恐れを感じてしまいますから…。

 相手を信じていないわけではない、と思うのですが。
 それは配慮なのか。
 それは恐れなのか。
 それは不信なのか。
 …私にもよくわかりません。
 いえ…私が、というよりも。
 相手にどう映るかが問題…でしょうかね…やはり。



 分からないからと、曖昧なまま。
 迷惑を恐れて、何も無いまま。
 言葉が足りずに、すれ違う。
 そんなことにだけはなりたくない。
 …などと思った鈴蘭です。



 難しいのですけどね;
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