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独り言 その壱千参百六拾五

 大きいだけの鈴蘭です。

 昨日は、朝からの雨に打たれながら帰宅。
 降る前には帰れるだろう、仮に降っても小雨だろう。
 …などと思って、傘を持たずに出勤したのが裏目に出ました。
 かなりしっかりと降る雨に、全身ずぶ濡れになってしまったのです。
 暖かくなったとはいえ、この季節の雨に打たれるのは辛いものがあり。
 帰宅後すぐ、お風呂に入ったのですが…。

 それがいけませんでした。
 就寝時間にはまだ早いというのに、襲い来る眠気に抗えずウトウト。
 ブログの追記もソコソコに、寝入ってしまい…。

 結局、昨日は随分と短い独り言に;



 人は、体温が低下する過程で眠気を覚えるといいます。
 就寝前の入浴を勧めるのは、入浴によって上がった体温が冷えていく過程を、入眠に利用しようというもの。

 私としては、そのつもりはなかったのですが…。
 明日からの3連休に備えたと思えば、これはこれで良かった…かな?



■今日のニークス




 機械が機能として、当たり前に実行したこと。
 これも、その一つに過ぎず。
 ここに感傷を覚えるのは、人の勝手…なのかもしれません。

 ただ…この機械に『感情』と呼べるものがあるのか、無いのか。
 それは誰にも分かりません。
 …いえ、分からない、と思う鈴蘭です。



 生きものと、そうでないものを区別するのに『魂』の存在を口にする人が居ます。
 それは生きものが生きものであるために必要な、大事なものだから…と。
 しかし、その『魂』とは何であるのか、明確に答えられる人はいません。

 たとえそれが、何か分からないものであっても。
 それがあれば、生きもので。
 それがなければ、生きものではない。

 考えてみれば妙な話です。
 目に見えない、有るかどうかも分からないものを、生きものには有ると言い、そうでないものには無いと言う。
 『魂』という言葉を聞くたび、私は思うのです。

 貴方の言う、その『魂』とはなんですか? …と。



I regard the brain as a computer which will stop working when its components fail.There is no heaven or afterlife for broken down computers; that is a fairy story.

脳はコンピューターのようなもの。部品が壊れれば動作しなくなる。壊れたコンピューターには天国も来世もない。天国は、暗闇を恐れる人間のための架空の世界だ


 これは、先日亡くなったホーキング博士の言葉。

 私も同じ考えです。
 『私』というものは、脳というコンピューターが走らせているプログラムに過ぎず。
 機械に比べ受け答えが複雑に見えるのは、プログラムの構造と経験の蓄積の差によるもの。

 こうきたらこう。
 そうきたらそう。

 それらの差によって、生きものらしい複雑なことが出来るだけで…やっていることは機械のそれと、本質的には変わりません。
 生きものらしいプログラムの構造を持った機械があれば、きっと私と同じ受け答えをする『生きもの』になる。
 …そんな風に考えています。



 では…もし仮に、そんな生きものと同じ受け答えをする機械があったとして。
 その『生きもの』には、『魂』があるのでしょうか?

 

 それは生きものを真似ただけのものであって、『魂』などない…と思いますか?
 確かにそうかも知れません。
 …でも、考えてみてください。
 単純なことをするだけでは『魂』を持った生きものになれませんか?
 もっと複雑なことをすれば『魂』を持った生きものになれますか?
 …私にはよく分かりません。
 『魂』を持った生きものと、そうでないものの境界線は何処に有るのでしょう?



 これを見て、私などは…。

 境界などというものは何処にも無く。
 何者との間であろうと、共感によって宿るものが『魂』であり。
 それは、私たちが『生きもの』だから、当たり前のように持っているものではないのではないか。

 …そんな事を思った鈴蘭です。



 それがどれだけ複雑なものであっても。
 それがどれだけ優れたものであっても。
 『生きもの』の共感を得られなければ『魂』などなく。

 それがどれだけ単純なものであっても。
 それがどれだけ稚拙なものであっても。
 『生きもの』の共感を得られれば『魂』が宿る。

 それが機械であるかどうか。
 それが機能であるかどうか。
 そこに違いがあるわけではないのではないか…と。
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