独り言 その壱千参百五拾六

 大きいだけの鈴蘭です。




 おや…。
 人気の大型書店が閉店…ですか。
 大阪でも、難波のジュンク堂書店が閉店したりで…決して他人事ではない話です。

 以前は、日本橋の電気街にも小さい書店が幾つもあったのですが、今は一つも残っていません。
 昔ほど本が売れなくなったとも言われますし…。
 流行り廃りによるものではなく、人のライフスタイルの変化によるものなのでしょうか。

 今は、ネットを使えば大抵のものは手に入ります。
 わざわざ店に足を運んで買い求めるような、時間も手間も必要ありません。

 その店だからこその特色がなければ、お客が来ずに立ち行かなくなる。
 いえ、そもそも…。
 そうまでして実際に店を構えてお客を待つ必要が無い…と考えられてのことなのでしょうね、これは。

 でも…。

 ネットショップは、使う分には確かに便利な存在ですが。
 私のようなモノグサな人間にとっては…良し悪しのあるものかな、とも思います。

 欲しい本を探して歩く中で、ふと目にとまった本を手に取り…。
 興味のなかったジャンルでも、思いのほか面白くて…つい買ってしまう。

 そんな、新しい発見をする楽しみがありませんから。



 ネットで目にする『あなたへのオススメ』などと銘打たれた広告は、自分の購入履歴から導き出された、自分が好もしいと思うであろうものの一覧であって…そこに意外性というものは無いように思います。

 無駄のない便利さは、快適には違いありません。
 ですが。
 無駄の多い不便さは…?



 …そんなことを考え。
 一つ、また一つと店が閉まることに、寂しさを感じた鈴蘭です。



■今日のニークス

 何処かで話したような気もするのですが…。
 最近、この独り言で同じ話をしていなかったか、気になって振り返ったりすることが増えました。
 でも、それも今更ですね;
 同じ話はしなくとも。
 同じような話を繰り返してばかりの鈴蘭ですから…。







 子供の頃は、家に色々な犬が居ました。
 これは、親が知り合いの伝で行き場を失った犬を引き取って育てていたからで。
 その事情は様々でしたが…。
 中に、1頭…思い出深い犬が居ます。

 珍しい白と黒のマーブル(大理石)模様のシェトランドシープドッグ。
 以前は何処かのお店で飼われていたそうですが、そのお店では仔犬にお客の相手をさせており…大きくなった犬では都合が悪いということで、ウチに引き取られることになったのです。
 
 店でお客の相手をしていたということもあってか、その子は随分と礼儀正しく。
 構って欲しいとき、その子は近くに寄ってきて、きちんと座ってこちらを見るのです。
 催促するでもなく、ただ黙って。
 私が印象に残っているのは…その姿ではなく、その距離。
 
 私が手を伸ばしても届かないところ。
 必ず、一歩…いえ、半歩踏み出さなければ届かないところに座るのです。

 それは、お客を相手にするのに必要な距離感。
 お店で粗相をしては大変ですし。
 お客とはいえ、知らない相手に不用意に近寄るのは、危ないかもしれませんから。



 …でも。



 家族となった私との距離としては…。
 それは少し遠くに感じ、寂しく思ったものでした。
 何故、その距離を変えてくれないのだろうか、と。

 結局、その子との距離が縮まることはありませんでしたが。
 果たして、あの子はどういう気持ちでいたのか…。
 なんとなく分かるような、分からないような。
 何しろ…犬は飼い主に似る、と言いますから。

 それが他所の習いによるものであったとしても。
 それを続けたということは…。
 私に同じものを見ていたからではないでしょうか?
 私が何故、と思うように。
 あの子も何故、と思っていたのではないでしょうか?

 今、あの子の姿を思い出し。
 あれこそ私の姿なのだと…そんな風に感じた鈴蘭です。



 相手に何故と問う前に。
 自分を改めるべきだったのでしょうね…。
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