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独り言 その壱千参百五拾弐

 大きいだけの鈴蘭です。

 黄金週間が終わろうとしています。
 皆さんにとっては、どのような日々であったでしょうか?
 充実した日々でしたか?
 それとも、不本意な日々でしたか?

 一口に黄金週間…と言っても人それぞれ。

 特に、サービス業に携わる人にとってみれば、お客の増える書き入れ時。
 黄金週間という言葉が、『楽しい長期休暇』を意味するものではないでしょう。
 …そうした人たちを含め。
 よく、休みが少ないという嘆きを耳にします。

 しかし結局…全ては巡り巡るもの。
 誰かが働く分、誰かが休む。
 誰かが休む分、誰かが働く。
 そうして、社会全体のバランスが保たれているものだと思います。
 自分の嘆きの分だけ、誰かが楽しみ。
 自分の楽しみの分だけ、誰かが嘆く。
 それは…個人の視点では見えにくいものではありますけどね;

 確かに、少ない…というのは辛いものもありますが…。

 誰かに、そこに居ることを求められてのことであれば、そう嘆くことでもないのではないかなぁ…などと思う鈴蘭です。



 いや、少数意見かもしれませんね…これは;



 さて、そんな私の黄金週間は…。
 映画を一気見して過ごす、という感じでした。

 普段から、ゲームを遊ぶ以外では、ボンヤリと時間が流れるのを眺めて過ごすだけの鈴蘭のこと。
 久し振りに、ゲーム以外で時間の流れを遅いと感じるほど、良い時間を過ごせました。



 ただ、一方で…。






 外の事には全く関わることなく過ごしていたために、『この時期ならではの何か』を楽しむようなことはありませんでした。



 普段から、趣などとは無縁の私。





 季節ごとの、こうした楽しみを見つけられる人たちに感心してばかりですね…;



■今日のニークス

 この話は、以前に何処かでしたようにも思うのですが…。

 子供の頃のことです。

 当時、家にはゴールデン・レトリバーという種類の大型犬がいました。
 滅多なことで吠えることもない、大人しい子で。
 毎日を、お気に入りの場所で寝て過ごしてばかり。
 身体を動かすことが嫌いではないようでしたが…。
 人と遊ぶことよりも。
 人と寄り添うことを好む…そんな感じの子でした。



 …懐かしいですね。



 その子が居間で寝転がっているのを見かけると。
 私などは、その子の首筋を揉んでやる(気持ちいいらしく、寝ていてもコレをすると喜ぶ)くらいのことしかしませんでしたが…。
 父は、その子のお腹を枕代わりにして、よく本を読んでいたものでした。

 しかし…いつだったか。

 父の姿を見た私は『頭なんか載せて…その子が苦しいかもしれない。可哀想じゃないか』と、非難めいたことを口にしたことが有りました。

 成人男性の頭の重さは4~6kgと言われています。
 人間からすれば、それは重くはありますが…それでも体重の1割程度でしかありません。
 対して、ゴールデン・レトリバーの体重は30kg程度。
 人の頭の重さは、ゴールデン・レトリバーにとって体重の2割以上にもなります。

 自分のお腹の上に、体重の2割の重りが乗っている。
 そんな重いものを載せて可哀想ではないか、と思ったのです。
 …すると、父は私の方を一瞥して一言。



 『お前は、つくづく…他人を信用しないね』と。



 その言葉に、具体的な説明は無かったように思います。
 後に聞いた話から…このときの言葉の意味はこうだったのかも…と考えるようになり。
 それが父の言葉として、心の中に組み立てられました。

 父が口にした言葉ではありませんが、おそらく父の言葉であろうもの。
 それはつまり…。
 私は『これだけ任せても大丈夫』…と、相手に自分の何かを預けるような事をしない。
 『相手の迷惑』と言いながら、何が迷惑なのかを判断せず。
 相手に対する全ての行為を『迷惑だろうから』と否定する。
 それは相手への気遣いからのものではなく、不信からきているものではないのか。

 誰しも、快と不快の境界線があり。
 相手の境界線が何処にあるのか…それを知り。
 その上で、『コレくらいなら大丈夫』と相手に踏み込む。相手に任せる。

 …それが相手を信用する、ということだろう…と。



 確かに、それは私がしないこと。
 不信と言えば、その通り…かもしれません。

 でも…私には、その良し悪しは分かりません;

 この距離感を保ち続ける。
 その不信を続けることで信用を得る。
 …そんな形があるのかもしれない…そうも考えているのですから。
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