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独り言 その壱千参百参拾八

 大きいだけの鈴蘭です。




 所属している大艦隊や、Discordのチャットにおいては先行して公開されている大陸版の情報が流れてきており。
 私も、その存在は聞き及んでいましたが…。
 『ソロモンネイビーキャヴァリアーズ』…大陸版で言うところの『ソロモンの四騎士』が来るようです。

 全てが史実通りというわけではないので、明確な指標にはなりえませんが、アズールレーンのストーリーの時計の針は1943年の7月まで進んでいると思われます。
 (最新章の10章の『コロンバンガラ島沖海戦』がその月に起きている)

 来週の新章の配信が発表された、このタイミングで同時に発表となった新キャラたち。
 この『ソロモンの四騎士』も、新章に関連するのだろうと思ったのですが…。
 ネットで史実を調べてみても、『ソロモンの四騎士』なるものの記述が見当たりません。



  …はて、完全な創作…?



 いえ、これまでのことを思うと…たとえ創作だとしても、モチーフになった何かはあると思います。
 海戦史を紐解けば、きっと出てくるはず…。

 …などと、そんな私と同じことを考えた方が、既に詳しく調べておられました。




 …なるほど。
 ということは、次の舞台は『ブーゲンビル島沖海戦』ですか…。
 楽しみですね。



 ただ…楽しみは楽しみなのですが…。



 これはPSO2でも感じることで。
 コンテンツの追加スピードが早くて、追いつくのが大変…とも思ってしまうのですね;
 とはいえ、運営の立場からすれば、ユーザーを駆り立てるかのような手法は、適切ともいえるでしょう。
 狙いがあって、そうしていているのは分かっているつもりですが…。
 やはり、忙しないと思ってしまいます。

 …私が呑気すぎるだけなのでしょうかね…; 



■今日のニークス

 現代の日本の文化に多大な影響を与えた人物は、歴史上数多く存在します。
 今、自分たちが当たり前に親しんでいるものは、そうした先人たちが『残したい』と願い、その願いが受け継がれてきたものです。
 私自身、そうしたものへの無知を恥じるばかりな人間ですが…。
 そうした先人たちが居たからこそ、今があることを忘れてはいけないと思います。



 茶人として大成した千利休と古田織部。
 師弟の二人の間に、こんな話があります。

 利休が織部を招いて茶で持て成した時のこと。
 取り出した茶入れの瓶の蓋に、利休は小さな傷を見つけます。
 利休は、何食わぬ顔で茶入れから茶を取り出し…さり気なく、織部から傷が見えないように茶杓で隠して脇に置きました。
 師である利休の所作を見ていた織部は、何か思うところがあったのか。
 帰り際に利休に願い出て、その傷物の茶入れを譲り受けました。

 後日。

 織部が利休を招いて茶で持て成した時のこと。
 大事な席で織部が取り出したのは、利休から譲り受けた傷物の茶入れ。
 織部は何食わぬ顔で茶入れから茶を取り出し…さり気なく、利休に傷が見えるようにして脇に置きました。
 弟子である織部の所作を見ていた利休は、それを見て驚き、感心したといいます。

 千利休は、弟子たちに『日常の中にある、身の回りのありふれたものに美しさ、面白さがあり、それを見過ごさないようにすることが大事』と教えていました。
 しかし、そんな利休であっても、傷に美を見出すという発想はなかったのです。

 利休は華美を嫌い、落ち着いた美を好む傾向にありました。
 それは、ある意味…良くも悪くも型にはまった秩序ある美しさです。

 それに対し織部は、そうした秩序を壊す破調に面白さがあると考えました。
 均衡を崩す傷は醜くも映りますが、その形は同じものが世に2つとありません。
 それは、人の作為を超えたところにある美しさ…と言えるでしょう。

 利休も認めた織部の美学によって生み出されたものは、以降『織部好み』として巷で大流行しました。
 …ところが。
 『織部好み』は安土桃山時代に大流行しますが、江戸の初期には姿を消してしまいます。
 流行した期間は、僅かに30年余り。
 これは、大阪の陣において、家康の方針に反対した織部が幕府に処刑されたため、と言われています。
 大罪人の持ち物を珍重しては、幕府の不興を買うことになる…そうした世相が、織部の美を途絶えさせたのです。



 破調を求めた織部が、秩序によって追われてしまった。



 …これは、そんなお話。







 部屋の模様替えをしています。

 新しいキーボードも届きました。
 マウスパッドを新調しました。
 ヘッドホンを修繕しました。
 掃除をし、棚を整理し…。




 まだ途中ですが…お陰様で、なんとなく収まりがついてきました。



 …昨日、Twitterでの反応に戸惑っている…と書きました。
 私としては…『こうしたい』と思った形にしているだけで。
 この風景は、人に見せようと思って整えたものではありません。
 お洒落だからだとか…かっこいいからだとか…そういうことは考えていませんでした。

 手の届く範囲で過不足を感じない、私一人だけの世界を。

 強いて言えば、その程度の考えしか私にはありません。
 人から評価されるなど思ってもみなかったのですよ。



 ただ…。



 当の私には、それが何かが分かってはいませんが。
 見る人が見れば、そこに何かしらの面白さを感じる…のでしょうね。

 そこでふと、『身の回りのありふれたものの中に面白さ、美しさがある』…そんな利休の教えを思い出した鈴蘭です。

 私は、見るべきを見ず、なんとなくで大事なことを見過ごす。
 …ああ、うん…。
 いつもの私だということでしたか…と;



 今週も明日から三連休。
 部屋の片付けを終わらせて、ゆっくり楽しめればと思いますが。
 もう少し…。
 これを機会に、大事なものを見つめ直せたらとも思いますね…;
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