独り言 その壱千参百弐拾壱

 大きいだけの鈴蘭です。

 先週末は、無事に日本橋ストリートフェスタが開催されました。
 春分の日の前後は雨の日が多く、毎回、開催が危ぶまれているのですが…。
 前日の雨も未明には上がり。
 歩行者天国化した堺筋は、多くの人で賑わいました。





 …こういうのを見ると、今年の人気のタイトルなんかも分かる…んでしょうね。
 もともと広く浅くだったのが、狭く浅くなってしまった私には、何が何やらサッパリなのですが…。
 …こう、なんというのでしょう。
 こうした催しにズレた感想なのかもしれませんが…楽しんでやっている人たちを見て、微笑ましく感じますね。

 自分の好きなモノのために生きている。

 …その素晴らしさを形にして見ているようです。



■今日のニークス

 週末。

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                    (C)SEGA

 スプラトゥーン1、2でプレイヤーのレベルがカンストしているという、えりすさんがお話をしに部屋まで来てくださいました。
 前にTwitterでお話を伺うことを約束していたのですが、私のイン時間が減ったことで、なかなか時間が合わず…。
 結局、一週間越しの約束になってしまいました;

  えりす『プンスカプン(´・ω・`)』

 …いや、申し訳ない;



 えりすさんも、私と同じく全くの白紙の状態からスプラトゥーンを始めたそうで。
 かつて、なかなか上達しないことを悩む時期もあったと言います。
 しかし、状況を変えるためにチームに所属し、戦い方というものを理解して経験を積み。
 結果として、今の強さにまで辿り着いたのだとか。

 そうした経緯からか、私が悩んでいる様子に思うところがあったのでしょう。
 簡単に私の近況を聞いたえりすさんから…

  『キルの質を考えてみては?』

 …というアドバイスをいただきました。



 例えば…双方のリスポーンポイントの中間地点の陣地を取り合って戦うとして。
 戦況が自軍の有利な状況で進んでいる中、陣地を守るよりも積極的に攻勢に出て、敵のリスポーンポイント付近まで前線を押し上げてしまおう…と、行動するのはどうなのか。
 一人で無双できるだけの相手と隔絶した腕があれば、何処で戦おうと問題にはなりません。
 ですが、私のようにキルレシオが1そこそこの人間が、それだけ前に出て得られるものはなにか。
 自分の行動の選択の意味…リスクとリターンの見極めができているのか。

 陣地の前で守りを固め、待ち構える。

 それは一見すると消極的に見えるかもしれませんが。
 しかし、そうすることで復活した敵がリスポーンポイントから戦線に復帰するのに必要な時間を長くし、相手に時間を浪費させることにもなるのです。
 敵のリスポーンポイントの目の前で戦う場合、復活した敵はすぐに戦線に復帰してくることになり。
 同じ時間を稼ぐには、より多くの敵を倒さなければなりません。

 …それを思うと…下手な鈴蘭にとって、前に出て敵を倒すというのはリスクの高い選択でしかないのです。

 前に出て相手を倒すと簡単に言うが…敵を倒すばかりが手ではなく。
 時には倒す以外の方法で、敵に負担を強いる方法もある。
 状況に応じて守り、引いて待ち構えることのメリットを考えられないか。



 これは、相手陣地側に飛び出すという私に対して、考え方を変えて『待つ』ことの意味を探してみてはどうか…という提案です。



 以前に教えて頂いた事と同じではあるのですが…。
 改めて思い返してみると…『時間』というものを意識する感覚は薄かったですね。
 常に目に見える距離を気にしていましたから。

 陣地を守ることは考えていても。
 私にとってのそれは、常に空間的なもので。
 彼我の距離については気に掛けても。
 彼我の時間的な距離の意味するところは、考えていませんでした。

 遠い位置にいる相手の攻撃は届かない。

 …戦闘中の私の思考は、そこで止まってしまっているのです。



― ◆ ―








 上級者の戦いは示唆に富んでいます。
 しかし、それを正確に汲み取るには、私にはまだまだ足りないものばかり。
 多くの大事なものを取り零していることでしょう。

 私は…情けないことに、私一人の問題で済むのであれば…と、私自身のことでは妥協をしてしまいがち。
 大事なものを取り零していたとしても、それを見て見ぬ振りをすることでしょう。
 そんな私を見ている誰か、というのは私にとって貴重な存在です。
 その誰かを見ることで、私の今を知ることができる。

 …それは鏡のようなものです。

 何かを迷っている時、アドバイスをくれる方は少なくありません。
 そうした時…こちらを気遣い、心配して言葉を選んでくれる方がいらっしゃいます。
 その気持ちは有り難いものですが…正しい姿を知るには、そうしたものは寧ろ害ともなりかねないのです。
 鏡は、歪みがあっては正しい姿を映せません。
 こちらを気遣うというのなら、むしろ率直に『これはダメ』と言ってくれるほうが良いのです。

 …でも、難しいのですよね、これが。

 『率直にお願いします』とお願いして、『わかりました』と言ってくれ。
 私の姿に、『だからお前はダメなんだ』と意見してくれ。
 その言葉を裏表なく素直に信用できるような…そんな人とは、早々出会えませんから。



 鈴蘭にとっての鏡が、そこに在ること。
 それは、間違いなく幸運なことなのですよ。
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