独り言 その壱千参百八

 大きいだけの鈴蘭です。

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                          (C)SEGA

 バーチャロンかぁ…。



 …ドリームキャスト版のバーチャロンと、アーケードスティックを買って遊んだこともある鈴蘭ですが…。
 実は、バーチャロンのストーリーを全く知らなかったりします。

 このテムジンも、名前こそ知っていますが…。
 バリエーションがあるとは知りませんでした;

 このロビーに立っているテムジンのカラーリングが、以前のものと違っているように感じ、ネットで調べたところで…その奥の深さを知りました。

 それは、こうしてロビーに立っているものを見ただけでは、分からないところです。

 …思えば、コラボって…宣伝の為にしている筈なのに、思いの外、その作品の中身については触れてないようにも…。
 宣伝といえば、そうしたものなのかもしれませんし、本来のPSO2の世界観を壊してしまうコラボなど、逆に不興を買ってしまいかねませんから、これでいいのかもしれませんが…。
 
 このテムジンにアクセスすると、アーカイブが見れる…みたいな。
 折角の自社コラボなのですし、そうしたものもあってもいいんじゃないかなぁ…。



 …まぁ、私が適当言ってるだけなので、誰も求めていない事かもしれませんが…;



■今日のニークス

 古代中国の思想書『孟子』において。
 公孫丑(こうそんちゅう)が孟子に『浩然の気』というものについて問うている場面に、こんなお話があります。

 …浩然の気はいつも義と道とに添うものであるから、気だけを目的として養ってはいけないが、養うことを忘れてしまってもいけない。 また、むりに成長を助けようとしてもいけない。
 この宋人のようなことをしてはいけない。


 宋の国に自分が植えた苗がなかなか成長しないのを心配して、苗を引っ張った人がいた。
 くたくたに疲れて帰ると、家の者に向かって言った。

  『今日は疲れたよ、苗を引っ張って早く育つように助けてやったんだ。』

 その息子が驚いて畑へ走って行って見ると、もう苗はすっかり枯れてしまっていた。


 世の中には、このようにして苗の成長を助けようとする者が少なくない。
 浩然の気を養うなど無駄なことだとして、あきらめてしまうのは苗のための草取りをしないのと同じである。
 また、むりに助け育てようとするのは、苗を引っ張るようなものだ。
 無益なばかりでなく、かえって害になる。
      【孟子・公孫丑・上】



 このお話は故事となり。
 後に『助長』という言葉で知られるようになりました。






 この記事を見て『助長』を思った鈴蘭です。



 アスリートにとって、メダルの色は大事なものであるでしょうし。
 きっと、大願を成就し得なかった事は残念に違いありません。

 しかし…。

 自己新記録を更新してメダルを獲得した選手に対して、第一声で『残念ながら…』と言うのは…。
 インタビュアーには、どういう意図があったのでしょうね?

 運が無かった、とでも言いたいのでしょうか。

 …確かに、勝敗は時の運に左右されると言いますし。
 こうした時の慰めの言葉として、間違いではないとは思います。

 でも…勝敗は、選手が力を出し切った先にあるものです。
 勝負事である以上、勝ち負けは大事ですが。
 まずは何よりも、勝負の場に立った選手が力を出しきったことを労り、称賛し…その上で慰める、というのが順序ではないかな…と。
 そんな事を思った鈴蘭です。

 たかが順序の違い?

 …果たして、そうでしょうか?

 言葉は同じでも、順序が違うだけで重みがまるで違います。
 競技に臨む選手たちは、応援してくれる人たちの期待を背負っていますが…。

 ここで大事なのは、選手でしょうか?
 それとも、応援している人でしょうか?
 
 『残念』と切り出したインタビュアーは、選手への気遣いではなく…応援している人への気遣いをしていたようにも見えてしまうのですよ。
 それは、宋の国の苗を引っ張った人と同じで。
 苗を枯らしてしまう…選手をダメにしてしまう、余計なことではないかと思うのです。

 確かに、応援は選手の力になります。
 でも…それによって直接、選手に何かを求めるようなことがあっては…逆に選手のためになりません。
 人を喜ばせたいから競技をする人もいるでしょうし、一概には出来ませんが…。
 選手は選手自身のために競技をすべきです。
 観衆のために競技をするのであれば…それは違うものになってしまいます。
 それが進んで、観衆が『こうあるべき』などと言って、選手から競技を奪うようなことになっては…いけないと思うのです。



 私にアスリートの気持ちは分かりません。
 しかし…。
 一世一代の大舞台で自己ベストの記録を出した選手を前に、『残念だった』は…やはり、選手が可哀想だと思うのです。


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コメント

  • 2018/02/27 (Tue)
    08:14
    No title

    どうもです。

    最近はモンハンで狩猟生活を楽しんでます。

    アズレン、イベント始まりましたな・・・、艦これと時期が被って、てんやわんやしてますw


    さて、今冬季五輪では、アナウンサーの質が問われた五輪中継となっちゃいましたね・・・。

    炎上案件が8件か・・・。


    キー局はさして五輪よりも北朝鮮にクローズアップしてたようでして、中継する人数も最小限でした。

    (これは私がこういう業界で働いてる為、出てきた情報なので確実なんですけどね・・・)


    さて、フィギュアスケートの宮原さんに対してのインタビュアの発言なんですけども。


    インタビュアとしての質問としては20点です。


    これは、新人アナウンサーが必ず受けるアナウンサー研修で必須の項目にあるインタビュアの基礎の基礎でして。

    特に五輪などで活躍するスポーツ選手には先に、その選手の目的から労うのが鉄則となっていまして。

    松岡修造さんのインタビューが、その基礎を踏まえた上での選手に対する思いやりがあったので好感が持たれ、比較対象とされてしまったんですよね。

    昨今、そのアナウンサー研修はキー局では一切やらないのが通例になっています。これはアナウンサーのタレント力というものを最優先した結果からでして。

    地方局はそのアナウンサー研修に時間を掛けていて、キー局以上にアナウンサ力は上になっています。

    五輪に出る選手もそうなんですけど、やっぱり大きな大会に出る選手はそこを目標に、1位を獲りにいくわけですから、勝っても負けても選手をリスペクトしないと、中継を見ている側からすると応援してるのにその対応はと問われるのは必然なんですよね。


    ここ数年、キー局の暴走はインタビューだけでなく、取材する方法もとある雑誌の取材方法を真似てきて、中立を立ててるとは言い難い、そんなマスメディアになっちゃってるんですよねぇ・・・・。


    今冬季五輪は、日本のキー局の勉強不足やアナウンサーの非常識が選手よりも目だってしまった。マスメディアで働く私らにとって、とてもとても東京五輪には繋げられないくらいに恥ずかしいものを見せてしまった。

    そう結論付けられています。

    まだ、パラ五輪が残っています。五輪以上に盛り上がるパラを取材する中継はもっとも最小限の5~6人のはずです。

    大きな大会をするときに露呈するこの体たらく・・・・。治る事はないです・・・・。


    さて、変になりましたが、五輪のメダル数は当初の目的よりも多く獲得できましたよね。

    海外からの手法をどんどん取り入れた結果だと聞いています。

    地元、岩手出身の選手の活躍も見れて(スノーボードハーフパイプの高校生もその1人)、次はパラ五輪。

    実はパラ五輪の選手だけでなく、サポートする側にも岩手県出身が多数いまして、岩手の各局、在籍してる報道の半分(報道部は約30人で構成されています。どこの局も)は韓国に行っていますww

    なにかあったら、私も現場入りですww

    というわけで、狩猟生活を楽しんでるリオでした。





    リオ@FPS畑 #- | URL | 編集

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