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独り言 その壱千参百壱

 大きいだけの鈴蘭です。




 …あぁ、今日ってバレンタインでしたか…。
 チョコレートが売られているのを街で見かけ、その時期だという認識はありましたが…そうですか、今日でしたか;

 私には人と物をやり取りする習慣が無いため、どうしても…こうしたイベントに疎くなってしまいます。
 

アリストテレスは『国家』において、人間は「zoon politikon (ポリス的な動物)である」と述べた。
人間というのは、自己の自然本性の完成をめざして努力しつつ、ポリス的共同体(つまり《善く生きること》を目指す人同士の共同体)をつくることで完成に至る、という(他の動物には見られない)独特の自然本性を有する動物である、ということを述べた。
                   【Wikipedia:社会的動物



 贈り物というものが、人と人との関係をより良くするためのツールであるならば。
 そのツールの扱いを知らない私は、社会的動物失格…というところでしょうか?

 …そう言われると納得してしまうような…ショックなような…。

 この手のイベントに無関心であったために、自然と…という感じで。
 ことさら避けようと思ってなったわけではないのですけどね;



 ところで、イベントといえば…。
 去年のクリスマスのこと。



 折角なので、日頃お世話になっているフレさんに、クリスマスのプレゼントを…と考えた鈴蘭でしたが。
 こうしたときに、何をプレゼントするのが良いのかは難しいところ。
 何を贈ったものか…考え込んでしまいました。

 お金を渡して『何かの足しにしてください』というのは実用的ではありますが…。
 社交辞令で贈るお歳暮やお中元ではないのですし、個人的にはちょっと無粋にも感じます。

 欲しいものが分かっているなら、それそのものを贈ることも考えられますが…。
 それが高いものであったりすれば、贈り物とするにも相手に遠慮されてしまうかもしれません。

 定番の何か…それこそ花束のようなもの…は、当たり障りがありませんが…。
 当たり障りが無いということは、結局は形だけのものとなり…相手の事を何も考えていないのと同じにもなってしまうでしょう。

 相手との関係によって、相応しいもの…というのは変わります。
 自分にそのつもりがなくとも、贈り物で相手に誤ったメッセージを送ってしまっては、元も子もありません。
 ちゃんと考えて、出来ることなら喜ばれるものを…と。



 これは、傍若無人の私には難しい問題です。
 


 …取り敢えず、クリスマスらしくする為の必須アイテムを手にしなければ始まりません。
 早速、公然とアークスの横流し品が扱われているお店に行き…。

これな…(´・ω・`)
                       (C)SEGA

 うん、ありましたありました。



 プレゼント用の箱を買い求め。
 トナカイさんはミッションを開始しました。

 いざ、留守宅へ侵入…。

 こうしたとき、トナカイさんの姿は好都合ですけど…。
 玄関から入るのは、どうなんでしょうね…これ。
 まぁ、煙突から入るにしても、肝心の煙突が無いのでは選択の余地もないのですが。
 リアルじゃ不審者判定不可避ですよね…。

 …って、馬鹿なことを考えてないで、プレゼントを置きましょう。
 家人が帰ってくる前に引き上げねば、トナカイでありながらクリスマスの夜をブタ箱で過ごすことになってしまいます。



 箱を置いて…っと…。



 …。



 …えーっと…。



 『クリスマスギフト』ではなく…『クリスマスプレゼント』の方だったんですね…これ;
 相手のお宅に置いたところで、中身を選択するアナウンスが出ずに操作が終了してしまって…。
 そこで初めて間違いに気が付きました。

 こんな…箱だけ、というのでは家具テロと変わりません。
 でも、かと言って、ここで改めて箱を置くのは相手に迷惑でしょうか…。

 どうしたものか、しばらく考えて…。
 
 『このまま、間抜けを晒すのが私らしくもあるか…;』と結論を出し。
 箱だけを置いて、お暇した鈴蘭です。



 …思えば、変なものですね。



 私が相手に贈るとき。
 相手に使ってもらいたいと考えて、プレゼントを選んだわけですが。
 それはきっと、相手が私に贈ってくれるときも同じこと。

 私がきちんと受け取って、初めて相手の気持ちに応えることになるのです。

 …それは、私にも分かっています。



 でも…。



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                       (C)SEGA


 こうして贈られたプレゼントの箱は…。
 私には勿体なくて開けられません;

 私に贈られたという、この形。
 私のことを考えてくれたという、この形。
 他の誰でもない、私のための、私だけの形です。

 開けなければ気持ちに応えられません。
 ですが…。
 開けて、この形が失われてしまうのを惜しいと思ってしまいます。

 この形に意味があるわけではないのは、承知しているのですけどね;

 でも…この形を通して、見えるはずのない時間をみているような気持ち…とでも言えばいいでしょうか。
 目の前に、此処に至るまでの時間が形になっているようで。
 開けなければ、それがずっと続いてくれるかのような…そんな感覚があるのです。



 これも、私が臆病な人間であるからこそのことかもしれませんね。
 相手との関係に自信があれば、こんなことを考えはしないでしょうから。



 …ああ。
 もしかして…あの開けられない『クリスマスギフト』は、こんな時のために…?
 …というのは穿ち過ぎですかね;




■追

 この一週間の記事は、ちょっとアレでしたね…。
 読み手のことを考えない内容が続いてごめんなさい。
 変な方向にスイッチが入ってしまったようです。

 昨日の記事に関しては、誤解が出来そうだったので…イレギュラーですが、今日になって修正している部分があります。
 それでもわかりにくいかと思いますが…;

 私としては、基本無料であれば代価は必要としなくとも、そこに傾けられた技術なりを評価して、それぞれが相応しいと思う対価を支払うのが良いのではないか…ということを言うつもりでした。
 


 いつも通りといえばいつも通りの私ですが。
 いつも通りとはいえない私でもありました。
 今週は、明日から3連休。
 ゆっくりと休んで…少し、自分を落ち着かせようかと思います;
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