独り言 その壱千弐百九拾七

 大きいだけの鈴蘭です。

 今日は水曜日。
 PSO2は定期メンテナンスの日でした。

 …という切り出しも久しぶりの気がしますね;



 PSO2にバレンタインがやってきました。

バレンタイン(´・ω・`)
                        (C)SEGA

 早いですね…年が明けたと思ったら、もう一ヶ月が過ぎてしまっています。
 こうして、すぐにでも春が来て…。
 あっと言う間に夏になって…。
 気が付けば秋が過ぎ…。
 巡ってきた冬に向かって『時間が経つのが早い』と嘆くのでしょうね。

 …まぁ。

 時間の流れ方など、主観の問題です。
 それに…人は時間を『速さ』ではなく『密度』で感じるもの。
 何事も無駄にしない人にとっては、時間など止まっているかのようにも感じられる事でしょう。
 今更、私などが何を…という話です。



 …と、そんなことはさておき。



 現実においても、バレンタインのキャンペーンが始まっているのを見掛けます。
 チョコレートが並べられているのを見て、季節の訪れを感じる訳です。
 PSO2も、それは例外ではなく…



瓢箪から駒(´・ω・`)?
                        (C)SEGA




 …バレンタイン…?



■今日のニークス

 ※お断り
  内容的にネガティブなものですが…。
  愚痴のような独り言で、深い考えはありません。
  私自身が『考えを見直すキッカケにしよう』、と。
  漠然と、そんな気持ちで思いつくままに書いたものです。

  こんなものを人目につく場所に置くものか…とも思うものの。
  『ブログに書く』事で見えるものがあるか、と。

  お目汚しでしょうが…。
  それでも、という奇特な方に。




 …いやはや。



 『アズールレーン』の方は…ゲームの進捗自体は順調といえば順調ですが…。
 毎日毎日、ただただボンヤリと画面を眺めるようにして楽しんでいます。
 傍目には、『それで楽しいの?』と言われそうですけどね;

 こう…なんというのか…。

 元々、箱庭を眺めて過ごすのが好きなもので。
 私が動かさずとも、画面の中で世界が動いているのを見て、その世界の広がりを想像するのが楽しいのです。

 …しかし。

 これもネットワークゲームの一つ。
 先日もここで触れたように、せっかくチャット機能があるのです。
 ただ眺めるだけでなく、それに参加すべきかどうか…改めて考えて。

 少しくらいは参加してもみようか、と思った鈴蘭です。



 『アズールレーン』では各サーバー毎に10のチャットルームが準備されています。
 これは…PSO2で言えばブロックに当たるもので。
 それぞれに定員が設定されているために、満室となっているチャットルームには入れませんが…。
 基本的には、任意のルームへの移動は自由となっています。

 そのチャットルームに居合わせるメンバーとの会話は可能ですが、チャットルームを跨いでの発言はできませんし、違うチャットルー厶の発言を見ることはできません。
 まさに『チャットの為の個室』という感じです。

 そうした、ある種の閉鎖性が手伝ってか…チャットルームごとの定住者というものがおり。
 そうした定住者によって、それぞれのチャットルームで好まれる話題というものが、ある程度の傾向を持っているようです。
 明文化した決まりがある訳ではなく、人の入れ替わりで変化もするものなので、そこまでシッカリしたものでもないようですけど…。
 逆にそのことから、意識してそのチャットルームの色つけをしようとしている人も見受けられます。

 何処が何を、誰が何を、というのは私には分かりません。
 取り敢えずは、入ったチャットルームで話をしてみようと思いました。



 …さて。
 話をするのは良いとして…。
 では、どうしたものか。



 何を、どうするのか…それを考え始めた鈴蘭です。
 わざわざ気負ってそんなことを考えるくらいなら、無理に話すこともないかもしれない…と、身も蓋もない考えも頭に浮かびます。

 しかし、そうはいっても考えずにはおられないのです。

 ただ話すだけで良い…というだけならばともかく。
 以前、私のような話し言葉ではネットで敬遠される、という話を聞いた覚えもあり。
 考えのない私の言葉が、スルーされるならばまだしも…場を壊すような事をしてしまうこともあり得るのです。

 郷に入りては、とも言います。
 せっかくですし、『砕けた』話し方をしてみるか、と考えて…。

 …はて。

 私の『砕けた』感じとはどんなものか。
 改めて考えてみると、それがよく分からないことに気が付きました。

 相手や場に対する慣れからくる『砕けた』話し方は…『これでも相手に伝わるだろう』という、いわば身内に向けられるのに似た意識が先に立つもので。
 公の場では『ぞんざい』にも映ってしまいます。

 それは、ここで言う『砕けた』ものとは、また違うでしょう。

 私に無いものであれば、いっそ何処かから借りてくれば良いのかもしれませんが…。
 それで『らしく』なるものか怪しいものがあります。



 考えること、暫し。
 小手先のことかもしれませんが…。

 PSO2や、ここでするように『(´・ω・`)』に頼ることにした鈴蘭です。



 しかし…これが間違いでした。
 本来こうした顔文字は、ネットゲームではタブーというか…公には『忌避すべきもの』であったのですよね…;
 以前に指摘して頂いていたことではありますが、私の認識はまだまだ甘かったようです。
 …いえ、甘くなっていた、というのが正確なのかも。

 加えて、ただでさえ頭の回転の悪い私のこと。
 普段ですら『話す』と言っても、頭の中のことが言葉にならず…相槌を返すのがせいぜい。
 そこに無理に私に無いものを捻り出そうとするために、チャットに合わせられるだけの速さが無いのです。
 私の都合で話すための場であれば、それでも良いのでしょうが…。
 多くの人がいる公の場で、それは通用しません。

 相手に合わせてもらうのも、過ぎれば相手の楽しさを奪うことに通じます。
 私がルールだ…なんて無法は何処にも存在しないのですから。



 …いやはや、なんとも。



 相手を見ているようで見ていない、気遣うようでいて気遣いのない私には…こうした場は難しかったようです。
 思いつきで行動せず、私は私に戻ることにしましょう;



 思えば…この独り言も。

 いつの間にか、形になりきれない『何か』の吹き溜まりのようになってしまっていますが。
 それも結局…相手を見ていないからこそのこと。
 だから、何にもならない、何も残らない。
 ある意味、そうして出来た此処は、私に最も相応しい場所でしょう。

 そんな此処を、たまたま見てくれる人が居たことで、何かが出来るかも…と思ったのが、私の甘えでしょうね。
 それは有難く思いこそすれ、アテにするようなものではないはずなのですから。



 しかし…私にとっては、本当に不思議なことで。
 それは、いつかも感じた疑問なのですが…。
 そうした『見てくれる人』が、何を理由に存在するのでしょう?

 私は、私に何があるとも思っていませんし。
 人と比べられるようなものの持ち合わせもありません。

 相手は私に何を見ているのか。
 相手は私に何を求めているのか。

 時間を共にしてくれる人がくれるもの。
 それに見合うだけの何かが、甘えるばかりの私にあるのでしょうか…?

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