独り言 その壱千弐百七拾七

 大きいだけの鈴蘭です。



〒 〒
(´・ω・`)
(つ🎋と)
しょーばいはんじょでささもってこい。




 …成人の日の過ぎた大阪では、今、お正月の雰囲気の真っ只中にあります。
 9日から3日間は『十日戎(とおかえびす)』…戎様に一年の商売繁盛を祈願するお祭り…が催され、神社の周辺は正月とは比べ物にならないほどの賑わいを見せているのです。
 なにしろ、屋台や露店が軒を連ねるのが正月の三が日ではなく、この十日戎なので…今以上に『正月らしいお祭り』の雰囲気はないのですね。

 最近、人混みを嫌って昼日中に出歩いていないので、直接目にしていませんが…。
 この期間には、地域の各所を巫女装束の福娘が巡り、商売繁盛を願うというイベントもあったりします。
 電気街という場所柄、巫女さんが通りを歩いていても珍しいと思わないのがアレですがね…;

  …まぁ、この地域での風物詩や。(´・ω・`)

 …そう、『風物詩』なんですよね…これも。
 普遍的に人が持って生まれるものではなく、その地域に住まう人々が時間を掛け、風土に沿った形を作り上げて出来たもので。
 それは、自然の造形美などとは違い…伝える人間が減ってしまえば廃れてしまう『文化』です。



 年始ともなると…以前は、年賀状の受け渡しが当たり前でしたが。
 近年ではSNSの発達なども手伝い、年賀状の出される件数は減少傾向にあるそうです。

  年賀葉書の発行枚数などをグラフ化してみる(最新)

 時代の変化に従って、取って代わる何かが現れ…古き良きものが淘汰される。
 それを『寂しい』とする気持ちには、私も共感できるのですが…。
 だからといって、時代の流れに逆らって昔に戻ることは出来ません。

 時代が変わろうとも、人が人である限り、変わらないものはあります。
 しかし、人が自然を変えることで時代を変えてきたことを思えば。
 人が人である為に、変えなければならないものがあるのです。



 …たとえそれが、先人たちから伝えられた文化であろうとも、です。



 私は人付き合いも無く、礼儀も何も無い粗雑な人間であるため、年賀状などとは縁遠いところに居るのですが…。
 アークスなフレさんが、ネットを介して年賀状を配信するサービスを利用して、年賀状を送ってくださいました。

 正直、アークスシップやSNSで事足りるのではないか…とも思っていたのですが。



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(´・ω・`)
(つ□と)
モノが実際に手元に届くというのは、やっぱり良いものですね。




 時代が変わり、無くなろうかというものを、時代に合わせて変えていく。 
 …時代を超えて、良いものを残していく。




 手書きで何かを…というのであれば話は別ですが。
 こうした『遊び』は、画一化されたメールの文面では難しいものがあると思います。
 
 現実に形を持つ葉書なればこその、この形。
 分かっているようでいて…なかなか気付けない、この形。

 これを実現させた『遊び心』。
 それに、素直に感心した鈴蘭です。



■コメントのお返事
 …また後ほど。
>はすわりさん
 コメント有難うございます。

 この辺、どのようにするのか…感覚的なもので、個人個人で違うと思うのですよ。
 科学的な根拠を持つ方法論はあるでしょうし、それに基づいた練習法もあるでしょう。
 しかし、『これだ(´・ω・`)!!』というコツは、自分で掴むしかありません。
 自分が自分の身体を使って覚えるものですからね;

 私の『これ』が『そう』だとは限りません。
 でも、『これ』が『そう』なるかもしれない、という…確信めいたものはあるのですよ。
 コツを掴んだ、というにはまだ曖昧ですけどね;



>リオ@FPS畑さん
 コメント有難うございます。

 私らの世代だと…ゲームが社会的に認知されていく過程を、実際に肌で感じながら育ってきましたし…。
 こうした動きを『ああ、またか…(´・ω・`)』とも思ってしまうのは、ある意味しょうがないかもしれません;

 健康を守るための指針として、こうしたものが整備されるのは、悪くないと思います。

 …ですが。

 何処に線を引くのか。
 誰が線を引くのか。
 何を根拠に線を引くのか。

 そこには、慎重になってもらいたいもの…ですね。
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