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独り言 その壱千弐百七拾八

 大きいだけの鈴蘭です。






〒 〒
(´・ω・`)
(つ■と)
…おや。




 特許の侵害ですか。
 しかし…任天堂がコロプラを訴え、『白猫プロジェクト』の配信停止までを求めるとは…。
 表沙汰になる前に両者間での交渉もあったのでしょうけど、コロプラ側の反応が任天堂にとってはとても容認できないものだったのでしょうね。



 特許の…というか、知的財産に関わる権利というものの扱いは難しいものがあります。



最も一般的な公開代償説によれば、特許は、有用な発明をなした発明者またはその承継人に対し、その発明の公開の代償として、一定期間、その発明を独占的に使用しうる権利(特許権)を国が付与するものである。そこで各国の特許法では法定の特許存続期間を設け[注 2]、その期間をすぎると発明の実施が自由開放される仕組みとなっている[1]。

特許権は、無体物(物(有体物)ではない、形のないもの)である発明に排他的支配権を設定するものであり、知的財産権のひとつとされる。日本の特許法においては、特許制度は、特許権によって発明の保護と利用を図ることにより、発明を奨励し、また産業の発達に寄与することを目的とするとされている(特許法第1条)。
     【Wikipedia:『特許』より】





 …特許に関しては、日本には過去に苦い歴史があります。

 明治維新の折、日本の富国強兵を支えたのは紡績業でした。
 司馬遼太郎の『坂の上の雲』において『絹と米しか無い日本が、西欧列強と並ぶ海軍を持とうとした』というような件がありますが…。
 それは創作でも誇張でも何でもなく、厳然たる事実です。
 明治期の日本という国の経済を支え、国の将来を担っていたのは、小さな蚕が作る絹糸でした。

 しかし、将来を託すべき紡績業でしたが…幕末から明治初期の日本の紡績の能力は未熟で、品質維持と大量生産の両立は不可能とされ。
 当時の日本の国情に見合うだけの生産能力はありませんでした。

 品質を落として量を作るか。
 品質を維持して市場を失うか。

 …その選択を迫られ、明治の日本は苦悩していたのです。



 そんなところに、臥雲 辰致(がうん たつむね)という人物が現れます。
 彼は『ガラ紡』という、少ない資本で建設可能な、高品質の絹糸を量産できる紡績機を発明。
 この紡績機の性能は素晴らしく…。
 当時、国内で開催された工業製品の博覧会に出品されるや、高評価を得て1位を獲得。
 これを受けて、臥雲 辰致は自身で会社を興し、『ガラ紡』の製造販売を手がけます。

 …ところが、です。

 この頃の日本には、開発者の権利というものへの理解が全く無く。
 開発者である臥雲に無断で、博覧会に出品された紡績機をコピーしたものが日本中で作られて稼動するという有様に…。

 製品の売れなくなった臥雲 辰致は資金繰りが悪化し、会社を畳んで田舎に帰らざるを得なくなってしまったのです。



 …この顛末は、日本の特許史において『忘れてはならない教訓』として語られているのだとか。



 日本は『ものづくりの国』『職人の国』などと呼ばれる一方で、西洋に比べて開発者の地位が低く、特許権や著作権への理解が浅い…と言われます。
 この辺りの原因を、江戸時代に出された『新規御法度』に求める人も居るそうですが…。

 『新規御法度』
 質素倹約を奨励した徳川幕府第8代将軍、徳川吉宗の時代に出されたとされる『お触れ』の一つ。
 お菓子、おもちゃ、衣類、書籍の技術開発を禁止する…というもので、既存の技術を有する組合の保護を目的に、統制経済を実施していたとされています。
 明文法ではないため、その実態が不明瞭ではありますが…明治期に、このお触れを理由に『新規の製品の出現を忌避する傾向にある社会が嘆かわしい』と記した文書が残っているとかなんとか…。


 権利軽視の社会風土の根本について、詳しいことは私には分かりませんが。
 しかし、私個人に限って考えてみれば…こうした権利に関して、学校で『当たり前』として教えてもらえなかったように思います。

日本の現行著作権法では具体的に「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法第2条第1項第1号)と定めており[9]、ここでいう、「創作的」については、既存の著作物との差異(表現者の個性)が表れていればよく、新規性や独創性は求められず、区別できる程度であればよいとされる。また、表現されている必要があり[9]、文字・言語・形象・音響などによって表現されることで著作物となる[10]。

著作権の対象として想定されるのは、典型的には美術、音楽、文芸、学術に属する作品である。絵画、彫刻、建築、楽曲、詩、小説、戯曲、エッセイ、研究書などがその代表的な例である。他に、写真、映画、テレビゲームなど、新しい技術によって出現した著作物についても保護の対象として追加されてきた。

美術的分野では、著作権のほか、意匠権が工業デザインの権利を保護するが、著作権は原則として美術鑑賞のための作品などに適用され、実用品には適用されないとする。ただし、この境界線は必ずしも明解ではなく、美術工芸品は双方の権利が及ぶとする説もある。また、国によっては意匠法と著作権法をまとめて扱っている場合もある。

国によって保護の対象が異なる場合があり、例えば、フランスの著作権法では著作物本体のほかにそのタイトルも創作性があれば保護する旨を規定している。同じく、一部の衣服のデザインが保護されることが特に定められている。米国の著作権法では船舶の船体デザインを保護するために特に設けられた規定がある。他に、明文規定によるものではないが、活字の書体は日本法では原則として保護されないが、保護する国もある。アプリケーションプログラミングインタフェース (API) についても日本法では明示的に保護対象外としているが、米国では「保護が及ぶ」という最高裁判決が出ている。
     【Wikipedia:『著作権』より】



 …って、いえいえ…別に、法律に関わる難しい話ではなく。
 普段から何気なく使っている…身の回りにあるどんなものにも、『作り手』がいるという…そんな『当たり前』のことを、です。

 使って心地よく感じるもの。
 使って便利に感じるもの。
 
 それは、最初からその形で存在している訳ではありません。
 自分たちの知らないところで、誰かが『使う人にとって良いものであってほしい』と願い、努力を重ねた末に出来た形です。
 子供の頃から、そうした…自分たちが使っているものに思いを込めている『人』の存在を大事にするように教えてもいいのではないかな…と思うのですよね。

 安いものや簡単なものは軽く見られ。
 それに携わる人も軽く見られがちですが。
 その、軽く見ているそれらが無ければ…私たちの暮らしはもっと不便になっているのです。

 『職業に貴賎はない』…という言葉はありますが。
 残念ながら…言葉は言葉。
 差別はあっても、区別はされていないのが現実です。

 それを、ほんの少しでも。
 そうすれば、こうした争いなども減るのではないか。
 …そんなことを思った鈴蘭です。
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