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独り言 その壱千弐百五拾

 大きいだけの鈴蘭です。

 昨日は、記念日についてちょっと触れましたが…。
 Twitterに、こんな広告が出ているのを見かけました。




 …花個紋…誕生花、ってやつですかね?
 それを判子に出来るとは…なかなか面白いですね。

 販売店のサイトに、誕生日から花を検索するフォームがあったのを見付け。
 ためしに、私の誕生日を入れてみました。



たんじょうばな(´・ω・`)


(´・ω・`)
(つ■と)
…。




(´・ω・`)
(つ■と)
えっ?




 『可憐』…?;
 私なぞ、その手の言葉には程遠い存在であると思うのですが…。
 もっと、こう…なんでしょう。



(´・ω・`)
(つ■と)
…胡散臭い言葉が良いのですが。




(´・ω・`)
(つ■と)
…。




(´・ω・`)
(つ■と)
…それが無理なら、『鈴蘭』に差し替えでも…。




 茉莉花…確か、ジャスミンのことでしたっけ。
 こうした日ごとの花も、定める組織によって様々なので、これしかない、というわけでもないそうですが…。
 企画の意図から言って、ここで逆に『鈴蘭』の日を探すのもおかしな話です。

 これはこれで…。



(´・ω・`)
(つ■と)
…私には勿体無いけどね。




 販売店のサイトの説明を見るに、一部の銀行ではちゃんと銀行印としても使えるみたいです。
 役所に届け出るような正式な書類に使えるかは各地方自治体の判断次第で、分からないようですが…。
 認め印とかにも使えるのなら、持っていても面白いかな…と、思える印鑑ですね。

 花と名前を組み合わせて意匠化する、というのは私的には好もしい発想ですから。



 …そういえば、『印鑑』を契約に際して押印する文化は、現在では世界的に見て、ほぼ唯一…日本にしか残っていない文化なのだそうです。
 印鑑の発祥について、詳しい事は分かっていないそうですが…。
 少なくとも、5000年前の古代メソポタミア文明において、有力者が書状を丸めて紐で縛り、結び目に粘土を置いて、その上に印鑑を押して封をする…そんな使い方をしていたことが確認されており。
 それが、最古の印鑑の使用例なのだとか。

 日本国内に現存する最古の印鑑は、『漢委奴国王』…漢の国から贈られたとされる金印です。
 当時の中国では印鑑は権力の象徴であり、皇帝から下賜される印鑑には、それを与えられた者の権力を保証する力がありました。
 漢の皇帝から日本に贈られた金印も、そうした…日本の国王に対して一定の権力を保証する、という皇帝の意思が形となったものなのでしょう。

 日本では、奈良時代に大宝律令によって公印が定められ、私的に印鑑を持つことは禁止されていました。
 これが平安時代に入ると、一部の貴族の中で私印を使うことが許されるようになり。
 さらに戦国時代になり、武家が台頭するようになると『花押(かおう)』と呼ばれる『書き印』…所謂サインですね…の文化が広まり、それに印鑑を押して公文書を発行するようになりました。

 織田信長の『天下布武』の印鑑は有名ですね。

 …面白いのは、世界の他の地域では『印鑑』が廃れて『サイン』が定着したのに対し、日本では『サイン』が廃れて『印鑑』が定着したこと。
 『旧約聖書』の中には、契約に際して印鑑を使用していると思われる記述があるそうで…中近東では、2000年前くらいまでは印鑑を使用する文化があったようですが、その後に廃れてしまったようです。
 日本でも、『花押』が戦国大名の間で定着したのを機に、サインに移行してもおかしくなかったのではないかと思うのですが…。



(´・ω・`)
(つ■と)
なんでやろ?




 確か…伊達政宗でしたっけ。
 豊臣秀吉への忠誠を疑われ、政宗が書いたとされる豊臣家への不満を綴った書状を証拠として詰問された折、『私の花押には針で穴を開けてあるので、真贋は明らかだ』という主張が認められて許された…なんてエピソードがあるのは。

 偽造ではありませんが、花押に関しては足利尊氏にもありましたね。
 遠方に出征した指揮官に、『交渉事などで、いちいち私の裁可を求めるのは時間の無駄だから』と、花押だけを書いた紙の束を渡し、『現場で私の権限が必要になった場合は、そこに君の判断で命令を書き込むように』と指示した…とか。

 …むぅ…こうした話を調べていくのも面白そうですね…。
 印鑑つながりで調べてみるとか、してみますか;



■今日のニークス




 …PSO2から離れたネタになると、自分の趣味がハッキリ分かる内容になっているのを感じますね…;



(´・ω・`)
(つ■と)
…ブログテーマからこっそりPSO2外したのだけど…それでもオンラインゲームのネタですら無いという。




 …なんだかなぁ;
 いえ、さっきの印鑑の話の中の…織田信長の『天下布武』の印鑑で思い出したのですよ。
 そうなると、書かずにはおれなくなってしまいまして…;

 この『へうげもの』の主人公は、古田織部こと古田重然(ふるた しげなり)。
 かつては、織田信長の家臣であり。
 豊臣秀吉に仕え、千利休に師事し。
 徳川家康に仕え、茶人として大成した人物です。

 前に、この独り言で触れたことがありましたね。

 一応、戦国武将ではあるのですが…戦国武将らしからぬ人物です。
 大阪の陣では、徳川方として大阪城を包囲する軍勢に加わっていた織部ですが…。
 陣の近くにある竹薮に、茶杓に使えそうな良い竹があると聞きつけ、戦争中にもかかわらず、戦闘そっちのけで茶杓を探しに竹薮に分け入った織部さん。
 このときの織部は出家しており、坊主頭だったのですが…これが災いしました。
 月夜の竹薮で、坊主頭が月光を反射してキラリ。
 大阪城を守る兵士が不審に思い、光った位置を鉄砲で狙撃したところ、弾は織部の頭を掠め…危うく死にかけたそうです。
 このとき命からがら持ち帰った竹で作った茶杓に、『たますべり』と名付けて愛用したとかなんとか。



 この古田織部にせよ…或いは、他の誰かにせよ。
 必ずしも、幸福な生ではなかったのかもしれませんが…。
 自分の生き方にどこまでも忠実であった姿は、私などには眩しく映ります。

 …思えば、アークスであることもそうではないでしょうか?

 アークスとして趣味に生きる…といっても。
 ただそれだけを求めて、それだけのために時間を費やそうとしたところで、簡単にはいきません。
 何かのために妥協をしたり、諦めたり。
 そうするうちに、趣味の時間が趣味でなくなってしまう。
 …それが、むしろ当たり前にはなっていないでしょうか?

 そうではなく。

 『自分は自分』…と。
 自分のしたいことを出来る人こそが、本当に上手い人…なのではないか、と。



 強い弱いではなく。
 そうした上手に憧れるのですよ、私は。


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